ブッシュとイラクの泥沼

49億ドル、日本円で5390億円。想像もできない金額だが、これは米軍がイラクにわずか1ヶ月駐留するのにかかる費用である。

米国のある投資銀行は、イラク駐留のために、来年の財政赤字は5750億ドル(63兆2500億円)、今後10年間の財政赤字は総額5兆5000億ドル(605兆円)という天文学的な数字にふくれ上がると予想している。しかも、イラクの石油精製施設や上下水道などを再建するには、これ以外に何10億ドルもの資金が必要になる。

さらに、これだけの金を注ぎ込んでも、イラクが米国の想像するような民主主義国家に生まれ変わる保証はない。5月1日にブッシュ大統領が戦闘機で空母の上にさっそうと降り立ち、「イラクでの主要な戦闘は終わった」と宣言してからすでに半年近く経つが、米英軍に対する散発的な攻撃は後を絶たず、戦闘終結宣言後の米軍の死者は、戦争中の死者の数を上回ってしまった。

国連の現地事務所が自爆テロで破壊されて特別代表が死亡したり、米国に友好的だった宗教指導者が爆弾テロで殺されたりするなど、治安は悪化する一方だ。サダム・フセインの身柄を確保できていないばかりでなく、戦争の大義名分だった、生物・化学兵器などの大量破壊兵器も見つかっていない。

ブッシュ大統領は開戦前に、イラクがこの種の兵器をテロリストに手渡す危険を繰り返し強調していたが、これでは国民に対して歪曲された情報を与えていたと非難されても無理はない。フランスとドイツは、米軍がイラク統治の主導権を国連に委譲しない限りは、本格的に復興支援に手を貸すことを拒否している。

彼らは平和維持軍の派遣はおろか、資金の供出も断っている。米国のイラク攻撃は、国連安保理の承認を得ずに、国際法に違反する形で行われたからだ。独仏は、復興支援を、米国に単独主義を改めさせ、国連を中心とする多国間主義を尊重させるための梃子として使おうとしているのだ。

イラクには、周辺のアラブ諸国から反米主義の強い過激勢力やテロリストが侵入していると言われる。彼らは、ベイルートやソマリアで米国が多大な人的損害をこうむって撤退した状況を、イラクで再現することをめざしている。今後米英軍へのテロ攻撃は、増加の一途をたどるだろう。

イラクが大量破壊兵器をテロリストに渡すことを防ぐために始めた戦争がきっかけとなって、イラクがむしろテロリストと米軍が対決する戦場になったというのは、皮肉である。しかし米軍が今撤退すれば、イラクが様々な勢力の内紛の場となり、混沌が深まることも間違いない。

ブッシュ大統領は政府内のタカ派の意見を重視したがために、前進も後戻りも多大な困難を伴うという状況に立たされている。戦争を始める前に、戦後復興にどれだけの困難が伴うかを十分に分析していなかったことには、驚くばかりである。こうした状況の中で、日本が自衛隊をイラクに派遣し、何10億ドルもの金を寄付すれば、さぞ日米間の絆は強まることだろう。

ところで我々は戦後初めて、事実上の紛争地域に自衛隊を送ることについて、十分な議論を重ねたと言えるだろうか?(ミュンヘン在住 熊谷 徹)