アウトバーン生存法


 「ギュゥゥゥゥン!」時速300キロは出しているだろうか。私の車の横を、黒いポルシェが弾丸かロケットのような速さで通過していった。右側の車線を走っている私の中古車は、ポルシェが通り過ぎる時の風圧でグラリと揺れた。

 道幅が広く、ドイツの主要な街をほとんど結んでいる上に、高速料金を払う必要もないアウトバ−ンは、大変便利な代物である。私のミュンヘンの自宅からイタリアの国境までわずか3時間で着いてしまうのも、アウトバ−ンのおかげである。

 しかし、一度でもアウトバ−ンを走られた方ならばおわかりになると思うが、ドイツの高速道路は、生死をかけた戦場である。なにしろ、冒頭に書いたような暴走車が、ビュンビュン走っている中を、自分も走らなくてはならないのだ。たった一度の判断ミス、操作ミスでもあの世行きになる危険が一般道よりはるかに高い。

 私は10年前からドイツで車を運転してきたが、いまのところ幸い無事故である。しかしアウトバ−ンでは、ヒヤリとさせられた経験が何回かある。96年にはドイツで8758人が交通事故で死亡しているが、その内の12%がアウトバ−ンで亡くなっている。読者の皆様の中にも、今後観光や出張でドイツの高速道路を走られる方がおられるかもしれない。そこで今回は、私の過去10年間の運転経験を踏まえて、アウトバ−ンの戦場で生き残る秘訣をお伝えしたい。

(1)追越しに注意

 ドイツでは日本とは逆に右の車線が走行用、左側が追越し車線になっている。ヨ−ロッパでは、今日でも様々な輸送手段の中でトラックによる輸送の比率が最も高い。このため、ウイ−クデ−のアウトバ−ンは、トラックが非常に多い。トラックは乗用車に比べると、速度が遅いために、右側の走行車線はトラックが数珠つなぎになってしまう。夏のバカンスシ−ズンになると、これにキャンピングカ−や、馬を乗せたトレ−ラ−が加わる。このため、乗用車はどうしてもトラックなどを追越すために左側の車線に入らざるを得ない。 追越し車線では、130キロくらいの速度では遅すぎる。なぜかというと、速度200キロ以上で走るベンツやBMWが後から次々に迫ってくるからだ。このため、どうしてもトラックなどを追い越す時には、150キロは出さざるを得ない。

 いやなのは、トラックを追い越している最中に、後から暴走車が見る見る内に追い付いて、自分の後部バンパ−すれすれの所まで近付いたり、ライトを点滅させたりして、煽る時である。ドイツ人ドライバ−は相手を威嚇するために、ぎりぎりの所までブレ−キを踏まない。こういう時に大事なのは、冷静さだけである。いくら相手が迫ってきても、トラックを完全に追い抜けるだけの距離をとってから右側車線に戻ろう。この場合には、余りバックミラ−を見ない方がいいかもしれない。

バックミラ−一杯に映っている後続車を見るのは、余り気持ちのいいものではないから。要は、威嚇されてもあわてない胆力である。時々走行車線が空いているのに、追越し車線を走っているドライバ−がいるが、これはマナ−違反。可能なかぎり走行車線に戻り、追越し車線は空けておくのが原則である。イタリアのドライバ−の中には、追越しをしてる間は常にウインカ−を点滅させている人がいるが、他のドライバ−の注意を喚起するという意味では正しい方法だと思う。

(2)自分を守るのは車間距離だけ

 アウトバ−ンを走っていて目立つのは、アスファルトの上の黒々としたブレ−キ痕である。日本の高速道路よりもはるかに頻繁に見かける。時速200キロ近いスピ−ドを出していている時に急ブレ−キを踏むと、タイヤは摩擦熱で煙を出し、道路上にまるで墨汁で書いたようにブレ−キ痕を残す。道路上で大きくうねり、外側に消えてしまっているブレ−キ痕もある。アウトバ−ンから飛び出してしまったのだろうか。このタイヤ痕を見るたびに、いかに無謀な運転をしている人が多いかを痛感する。

 右側の走行車線にトラックが数珠つなぎになっている時、乗用車が追越し車線上で数珠つなぎになり、1メ−トル前後の車間しかとらずに時速150キロ前後で走っているドライバ−をよく見るが、私に言わせると自殺行為である。この内の一人でも、前方の渋滞に気づくのが遅れたら、玉突き衝突である。私はアウトバ−ンでは、前の車のナンバ−プレ−トが読めないくらい車間距離を必ず取るようにしている。

時折、トラック運転手の中には自分よりも遅いトラックを追越そうとして、追越し車線をふさぐ輩がいる。車間距離を取らないで走っていると、こういう時に急ブレ−キを踏まねばならなくなり、危険である。結局、アウトバ−ンでは自分の前後に十分な距離を取る以外に身を守る術はないのだ。(3)増える速度制限区域

 アウトバ−ンというとヨ−ロッパで唯一速度制限がない高速道路として有名だが、実際にはスピ−ドを制限している区間がどんどん増えている。たとえば、住宅街の近くや工事現場、危険なカ−ブ、合流地点では最高速度が制限されている。特に工事のために道幅が細くなっている場所では、警察がスピ−ドを測定するレ−ダ−とカメラを設置していることがあるので、注意。私もある時旧東独で、制限速度60キロの区間でつい80キロ出してしまったら、運転席におさまった私の顔写真入りの罰金支払い命令が、警察から送られてきた。ちなみにドイツでこの種のカメラが作動するのは、速度が制限速度を20キロ以上超えた時のようである。

 さらにアウトバ−ンには制限速度のほかに標準速度が時速130キロに定められている。標準速度を超えて走っても罰せられるわけではないが、次のような事故で責任の割合を算定するときに用いられることがある。

 時速120キロで走っていたドライバ−が、高速道路の出口の手前で、走行車線から追越し車線に車線を変更したところ、後から時速160キロで走ってきた車に追突された。ハム上級裁判所の裁判官は、この事故をめぐる民事訴訟の中で、「急に車線を変更したドライバ−の責任は重いが、追突したドライバ−の方も、標準速度である時速130キロで走っていれば、事故を十分防ぐことができた」として、時速160キロで走っていた車のドライバ−にも20%の責任があると認定した。この判決は、暴走ドライバ−に対する裁判所の一種の警告と言うことができる。

(4)アウトバ−ンは真っ暗

 もう一つ、特に日本人にとって重要なことは、夜のアウトバ−ンではあまり長時間運転しないほうがよいということだ。日本の高速道路と違って、ドイツのアウトバ−ンには、ほとんど照明がない。道路の脇のガ−ドレ−ルに小さな反射板がついている程度である。したがって、運転はこの反射板と、路上の車線表示、前の車のテ−ルランプに頼ることになる。

 私には真っ暗の道に見えるが、ドイツ人たちの中には時速200キロくらいで飛ばしていく輩が少なくない。私の考えでは、その原因の一つは日本人とヨ−ロッパ人の生物学的な違いである。ヨ−ロッパ人の目は、アジア人に比べて暗いところで物がよく見える。ドイツの会社では、夕方などにほとんど真っ暗な部屋で仕事をしている人もいる。彼らが晴天の日にすぐサングラスをかけるのは、決してお洒落のためだけではないのだ。このためヨ−ロッパ人は照明のついてないアウトバ−ンでも、難なく運転することができるのだ。

これに対し我々日本人にとっては、この暗い道路で長時間運転することは、危険であるだけでなく、目が疲れて眠くなる原因ともなり、避けたほうが無難だ。ドイツの交通安全研究所がレ−ゲンスブルグ大学と共同で行った調査によると、この国で発生している自損事故の24%は居眠りが原因であり、運転中に一瞬でも眠りに落ちることが、自損事故の最大の原因となっていることがわかっている。特に、45才を超えたドライバ−では、昼間でも居眠りによる大事故を起こす頻度が、若いドライバ−に比べると多くなっている。

 車の運転には人の性格がよく表れるというが、一部の攻撃的なドイツ人の「天上天下、唯我独尊」という態度が最もはっきり表れる場所が、アウトバ−ンである。高速道路に入る時には、気を引き締めたい。

2000年6月21日 週刊自動車保険新聞