高額化、巧妙化するドイツの自動車盗難

* 消えたキャンピングカー

 2003年の夏休みに、ドイツ人のAさん一家は、イタリア北部のミラノに旅行した。倹約家が多いドイツ人らしく、Aさんは大型のキャンピングカーでイタリアへ向かった。車の中で寝泊りすれば、ホテル代は全くかからないからである。

Aさん一家は、キャンピングカーをミラノの駐車場に停めて、市内見学に出かけた。ところが、数時間して駐車場に戻ってくると、車は影も形もない。何物かが積んであった荷物もろとも、キャンピングカーを盗んだのである。

ドイツのキャンピングカーには冷蔵庫や調理設備も付いているので、盗難被害は高くつく。地元の警察への届け出、ドイツの保険会社への連絡、ホテルの手配、帰りの交通手段の確保などで、
Aさんは、リラックスして休暇を楽しむどころではなく、ストレスと腹立たしさで、くたくたになってしまった。

*独では02年も盗難件数減少

 このように、ヨーロッパでは相変わらず自動車盗難が大きな問題となっているが、ドイツ本国では、2002年も盗まれる車の数が減る傾向が続いている。

GDV(ドイツ保険協会)によると、盗難被害をカバーする車両保険に入っていた乗用車の内、2002年に盗まれた乗用車の数は、前年に比べて7・4%減って、3万4775台になった。これは、盗難台数が、1993年の10万5543台に比べて、67%も減ったことを意味している。

車両保険がかかっている車1000台あたりの盗難頻度は、2002年には1・1台となり、過去12年間で最低の水準を記録した。

 地域別に見ると、これまで盗難が多かった旧東ドイツで、被害件数が減っている。ザクセン・アンハルト州では盗まれた乗用車の数が、前年比で22・4%、チューリンゲン州では21・4%も減ったほか、全国で2番目に盗難台数が多い首都ベルリンでも、9・5%の減少を記録した。

*鍵はイモビライザ−

 ドイツで最も多く盗まれる車は、相変わらずフォルクスワーゲン(VW)で、盗難台数は、前年に比べて2%減ったものの、1万697台と、2位のアウディ(5580台)、3位のメルセデス・ベンツ(4994台)、4位のオペル(3193台)、5位のBMW(2986台)を大きく引き離している。

VW
の盗難台数が突出している理由は、このメーカーが毎年100万台以上の新車をドイツで販売し、約30%という最大の市場占有率を持っていることだと思われる。

なぜドイツでは車の盗難台数が年々減っているのだろうか。1990年代前半には、東西ヨーロッパを分断していた鉄のカーテンが崩壊して、国境間の行き来が、以前に比べて容易になったため、ドイツで盗まれて、東欧や中欧へ密輸出される車が急増した。

車両保険の損害率が急上昇して、ドイツの保険業界は悲鳴を上げた。その後ドイツの自動車業界は、保険業界や警察当局と協議した結果、全ての新車にイモビライザ−を標準装備として搭載し始めたのである。つまり盗難台数の大幅な減少の鍵は、発車防止装置にあったのだ。

*日本車の被害も激減

今年の盗難統計で目立つのは、前年に続いて、日本車の盗難件数が大幅な減少を見せていることだ。三菱自動車の製品の盗難台数が前年比で27・1%も減った他、ホンダが23%、日産が20・6%、マツダが16・8%、トヨタが13・8%といずれも著しく減少している。

2001年には、ドイツで盗難頻度が最も高い車種は、トヨタのランドクルーザー(ディーゼル
J10型)で、1000台につき31台が盗まれていた。ところが、2002年にはトヨタのランドクルーザーの盗難頻度は1000台あたり14台と大幅に減り、リストの首位から第5位に下がることができた。

この背景には、日本の自動車メーカーの間でも、イモビライザ−が急速に浸透したことがあると推測される。

*被害が高額化

だがドイツの保険業界関係者は、警戒をゆるめていない。2002年の車両保険の支払い保険金額(乗用車のみ)は、前の年に比べて2・2%減って3億ユーロ(約390億円)になったが、盗難車一台あたりの被害額は、5・7%増えて8653ユーロ(約112万年)に上昇したからだ。

旧西ドイツのヴッパータール市では平均被害額が48%、エッセン市では36%増加している。また、これまでは減少傾向にあったポルシェの盗難台数が、2002年には逆に9・6%増加し始めている。ドイツの捜査当局は、自動車窃盗のプロたちが、新しいトリックを使って高額の車を狙い始めた可能性があるとして、懸念を強めている。

* メールで詐欺の誘い

そうしたトリックの一つが、盗難を装った保険金詐欺の増加である。ドイツでも数年前から、携帯電話に電子メールを送ることができる、SMSというシステムが導入されている。

最近この
SMSを使って、市民の携帯電話に匿名の送信者から奇妙なメッセージが届く事例が、報告されている。その内容は、「あなたの車を買いたいと思います。キーと書類なしで、購入価格の50%を払います。その後、保険会社から保険金をもらって下さい」というものである。

犯罪者集団は、車を市場価格よりも大幅に安い価格で買い取り、東欧に密輸してより高い価格で転売する。ドイツの「被害者」は、車を盗まれたと警察と保険会社に申告し、保険金を受け取るという仕組みだ。


GDV
は、中流階級に属する市民の間で、こうした詐欺によって3万ユーロ(約390万円)の小遣いをかせごうとする事例が増えていると指摘する。

被害者が、車が盗まれて何日も経ってから、盗難を警察に届け出た時には、この種の詐欺の可能性がある。このため、警察や保険会社はデータバンクの検索によって、似たような車が盗難車として中欧諸国との国境で発見されたり、合法的な輸出を装って、外国の税関に登録されたりしていないかどうか、入念に点検する。

この種の詐欺を試みる市民は犯罪のプロではないので、盗難について申告した内容のわずかな矛盾を突き詰めると、意外と簡単に馬脚を現わし、詐欺の事実を認めるという。

* 周辺国との協力が重要

ドイツの東隣りの国ポーランドには、90年代の前半まで、ドイツから多くの盗難車が密輸出された。

このため、
GDVやドイツの警察は、ポーランドの税関や警察に積極的に出向いてセミナーを行い、ドイツの車の認可制度などについて情報を提供している。特に重要なのは、自動車の認可書類などに矛盾点がないかどうかを、細かく点検することだ。

たとえば、軽乗用車の認可書類がライトバンになっていたり、旧東ドイツのコトブス市で認可された車のナンバープレートには、
CBという略称がついていなくてはいけないのに、KOという誤ったイニシャルが付けられていたりして、盗難が発覚したケースが報告されている。またポーランドの市民は、購入した車が盗難車であることがわかった場合、原則として返還を求められる。

このため市民の間には、あまりにも安い車に対しては、警戒する人が増えてきているという。これもドイツとポーランド当局が協力して行う広報活動の成果である。ドイツの保険業界では、隣国の担当官庁に対して、研修などを通じて情報を提供し、注意を喚起することは、盗難車の密輸出と戦う上で極めて有効な手段だという意見が強まっている。

自動車窃盗が巧妙化、高額化する傾向を見せる中、周辺諸国の捜査機関・税関当局との情報交換や協力関係を密接にすることは、今後ますます重要になるのではないだろうか。

2003年11月19日 自動車保険新聞

図表用データ (資料:GDV

ドイツで盗まれた乗用車の台数の推移

 

年     盗難台数      支払い保険金額       

               (100万ユーロ) 

    

1990  39935             260

1991  55288    386

1992  90020    657

1993  105543   800

1994  104890   767

1995       89072    587

1996  76266    497

1997  65861    428

1998  58646    378

1999  48742    333

2000  42560    316

2001  37549    308

2002  34775    301