BMWがやってきた
旧東ドイツの古都・ライプチヒ。バッハが聖歌隊指揮者を務めたことのあるトーマス教会や、ゲーテの「ファウスト」に登場する居酒屋「アウアーバッハ・ケラー」、古くからの書籍見本市、コンサート・ホール「ゲヴァント・ハウス」などで知られる文化の都である。今年7月18日、この町の市役所で時ならぬ歓声が上がった。同市は、競争率250倍という激しい競争に勝ち抜いて、自動車メーカーの老舗BMW社の新工場を誘致することに成功したのである。市役所はすっかり祝賀気分に包まれ、夕方には、職員や市民に無料でビールが振る舞われた。
*BMW社の巨額投資
彼らが喜んだのも無理はない。BMW社はライプチヒ市の北東部に200ヘクタールの工場を建設するために、10億ユーロ(約1200億円)という巨額の投資を行う。この工場では、2005年から300シリーズの乗用車が毎日650台生産される予定で、5500人の従業員の他、下請け企業などが周辺に誕生することを考えると、この投資によって1万人分の雇用が生み出される予定だ。ドイツ統一に伴う旧国営企業の閉鎖などによって、失業率が17%と高い水準にあるライプチヒにとっては、工場誘致の成功は、まさに恵みの雨にも等しいのだ。
BMW社が、300シリーズの乗用車を製造する新工場の建設計画を発表したのは、ほぼ1年前のことである。同社はこれまでバイエルン州のレーゲンスブルグ工場で300シリーズを製造していたが、同工場では新しい軽乗用車100シリーズを製造することが決まったため、レーゲンスブルグに代わる新しい工場が必要になったのである。
*250ヶ所の街が応募
BMW社がこの計画を発表すると、世界中の250もの市町村から、工場誘致の申し出がミュンヘンの本社に舞い込んだ。特に10%近い失業率に悩むヨーロッパ各国では、BMW社という優良企業が工場を建設してくれれば、雇用が創出されることから、必死で誘致合戦に加わったのである。
一年間にわたる審査の結果、BMW社は最終候補地をライプチヒ市の他、旧東ドイツはメクレンブルグ・フォアポンメルン州のシュベリーン市、旧西ドイツのアウグスブルグ市、北フランスのアラス、チェコのコリン市の五ヶ所に絞り込んだ。このうち、アウグスブルグ市は旧東ドイツに比べて不動産価格がはるかに高い上に、旧東ドイツに投資すれば政府から受けられる補助金が全く受けられないため、脱落した。またアラス市では、英語を話す幹部職員を周辺地域で見つけるのが困難なため、落選。またシュベリーン市はライプチヒ市に比べて、主にドイツ南部に集中している他のBMW社の工場から遠いことが災いして、競争に敗れた。
最後の強敵は、チェコである。この国の所得水準はドイツの22%にすぎないため、BMW社はドイツの工場に比べて人件費を2億1000万マルク(105億円)も節約できるはずだった。だが、旧東ドイツに投資することでドイツ政府から受けられる補助金の方が、チェコ政府の補助金よりも多いという判断で、最終的に幸運の女神はライプチヒに微笑んだのである。BMW社では、ドイツ政府から最低2億8000万ユーロ(約308億円)の補助金が受けられるものと予想している。
*柔軟な賃金体系
ライプチヒが勝った条件は、他にもある。まず交通の便の良さが挙げられる。同市が選んだ工場用地は、片側6車線のアウトバーン(高速道路)や、新しいライプチヒ・ハレ空港に近い上、5キロ東にはライプチヒ中央駅がある。新しいBMW社の工場のために特別の引込み線も建設できる。さらにライプチヒ周辺の線路を、ドイツ鉄道の高速鉄道網に接続する計画も進んでいる。製品の輸送のために交通網が充実しているという点は、BMW社にとって大きな魅力である。
もう一つは、賃金体系である。実は、私はBMW社がライプチヒへの投資を決定したと聞いて、意外に思った。それは、旧東ドイツでは生産性が旧西ドイツの半分近くなのに、賃金水準はすでに西側の70%に達しているため、人件費の面ではチェコなど中欧・東欧諸国に比べて不利なのではないかと思ったからである。
ライプチヒが誘致に成功した理由は、「可変型労働時間」を採用することによって、労働生産性を高める目途がついたからである。この規則によると、週の労働時間は60時間から140時間まで変化をつけることができる。つまり従業員は週三日、もしくは週六日働くことになる。このことによってBMW社は、機械の稼働時間を延ばすことができるので、労働生産性は25%高くなり、投資額も20%節約することができる。従業員は、景気の良い時には残業時間を自分の「労働時間口座」に貯金しておく。景気が悪く、労働時間が短縮されるような時には、この口座から残業時間が差し引かれ、給料そのものは減らない仕組みだ。こうすれば、経営者側にとっては残業代を支払う必要がなくなるという利点がある。フランスやチェコでは、政府や労働組合がこうした柔軟な賃金体系を受け入れなかったことも、ライプチヒの勝利につながった。失業率の高い旧東ドイツでは、概して旧西ドイツなどよりも、給与水準や労働時間について労働者が柔軟性を示すことが多い。
*旧東独への投資の呼び水?
失業者数を大幅に減らすことを公約にしているシュレーダー首相にとっても、BMW社が旧東ドイツへの大型投資を決定したことは、朗報である。首相は今回の決定について「旧東ドイツの将来への希望を持たせる出来事だ」として高く評価している。
旧東ドイツへの外国企業の投資を誘致するための政府機関「工業投資評議会」のH・C・フォン・ローア代表も「BMW社のこの決定によって、東京からデトロイトに至るまで、世界中の大企業で、ヨーロッパに投資を考える際に旧東ドイツを考慮に入れないのは誤りだという考えが広まるだろう」と述べて、旧東ドイツの工業立地としての優秀性を強調した。ローア氏はこれまで、道路網など旧東ドイツのインフラが統一後著しく整備されたことや、近代的な通信回線、教育水準の高さ、労働者の柔軟さなどを外国企業に積極的にアピールし、投資を呼びかけてきた。「BMW社の最終候補地に旧東ドイツの街が二ヶ所も入ったことは、旧東ドイツは経済的に危機に瀕しているという見方がいかに馬鹿げているかを示している」実際、BMW方式の柔軟な賃金体系を使って、今後この地域への進出を考える企業が増えるかもしれない。
*自動車王国ザクセン
ザクセン州は、これまでも自動車メーカーの生産拠点を数多く受け入れてきた。ライプチヒ近郊には、スポーツカーの名門ポルシェ社が工場を持っているほか、ドレスデン、ケムニッツにもフォルクスワーゲンの工場がある。この地域は100年前から工業が盛んな地域だったのだが、第二次世界大戦と社会主義支配によって、すっかり衰退していた。たとえば1990年にライプチヒでは12万人が工業部門で働いていたが、統一後の国営企業の閉鎖や民営化によって、現在工業に従事している人口は、わずか1万2000人になってしまった。
豊かなバイエルン州、首都ベルリン、またチェコ共和国にも近く、交通網が発達していることが、ザクセン州の魅力を高めているのだろう。BMW社の巨額投資は、かつて商工業が栄えたザクセンに、往時の繁栄が戻ってくる日もそれほど遠くないことを象徴しているのかもしれない。
2001年8月22日 週刊自動車保険新聞