ドイツ自動車業界、危機の年?

米国で最大の自動車見本市、NAIAS(北米国際自動車ショー)が、デトロイトで1月10日から9日間にわたり開催された。各国の自動車メーカーが最新のモデルを展示する中でも、ドイツの大手メーカーの製品には常に熱い視線が注がれる。会場ではBMW社のX3、X5、645カブリオ、ダイムラー・クライスラー社のE320(CDI)、ポルシェ社のボックススターS型(特別仕様)などが注目を集めた。

世界で最も重要な自動車マーケットである米国で、ドイツ勢は快進撃しているように見える。2003年にドイツの自動車メーカーは、米国の乗用車市場で13%のマーケットシェアを確保した。これは、市場占有率を2ポイント引き上げたことを意味する。また米国の高級乗用車の部門では、ドイツのメーカーはすでに市場の36%を占めている。米国の自動車の半分を占める軽トラック部門でも、ドイツ企業は売上高を10%増やすことに成功した。

* 激減した認可台数

こうした吉報にもかかわらず、自動車メーカーの経営者たちの表情は暗い。2004年の最初の数ヶ月に、暗雲が地平線の彼方を覆うのが見え始めたからである。ドイツ陸運局の調べによると、今年一月に認可された車の数は23万台だったが、これは前年の一月に比べて13%も低い数である。乗用車の認可台数も、前年の同時期を12%下回っている。ドイツの自動車メーカーへの発注台数は、去年の12月の時点で28万5000台と史上最低の水準になっている。

ドイツ自動車産業連合会(VDA)のB・ゴッチャルク会長は、「2004年にはドイツでの販売台数が前年に比べて3%増えて、335万台になるだろう」という明るい見通しを発表していたが、自動車業界では「1月の認可台数や各メーカーの受注状況を見ると、VDAの予測はあまりにも楽観的すぎる」という声が出ている。

* 社会保障改革で買い控え

自動車の売れ行きが今年に入って急に落ち込んでいる理由としては、昨年暮れにシュレーダー政権が、公的年金や医療保険などの社会保障制度について、将来の給付を減らし、自己負担分を増やすなど本格的な改革を実行し始めたために、市民が手取り所得の大幅な減少を予想して、消費を手控えていることが挙げられる。

実際、今回の改革は、19世紀にこの国で社会保障制度が導入されて以来最も根本的な内容を持っており、人々が将来について不安を抱いたことも無理はない。たとえば年金の支給開始年齢は65歳から67歳に引き上げられる見込みが強まっており、現在に比べて減額される上に、税金までかかる。公的健康保険は、歯の治療を一切カバーしなくなる。

つまり公的保険のサービス削減を補うために、自分で民間保険を買う必要が出てくるため、可処分所得が減ることは確実なのである。さらに失業率は相変わらず10%前後と高い水準にある上に、国際競争力が弱い金融機関を中心に、今後も合併、集中や大規模なリストラが予想されることから、市民は雇用について強い不安を持っている。将来がはっきりしない時期に、大枚をはたいて自動車を買おうという人が減るのは無理もないことである。

* 車両税も引き上げか?

また、去年暮れには「環境省は大気汚染や地球温暖化に歯止めをかけるために、車両税の算定基準を、車が排出する二酸化炭素の量に変更することを検討しており、一部の車では車両税が大幅に高くなる」という情報が流れた。環境大臣はただちにこの情報を否定したが、車両税が高くなる可能性があると聞けば、ドライバーたちは車の買い換えをためらい、しばらく様子を見ようとするに違いない。

ゴッチャルク会長は、「車がなかなか売れないのは、景気の先行きに関する人々の不安感が強く、車両税が高くなるかもしれないという憶測が流れているためだ。市民の負担を増やすという議論ばかりしていたら、景気の回復など望めるわけがない」と述べ、大臣が緑の党に属しており、エコロジー志向が強い環境省に牽制球を投げた。

* ユーロ高という逆風

さらに、ドイツ国内での新車の認可台数が、2000年以降、毎年減る中、自動車業界にとっての頼みの綱は輸出なのだが、ユーロ高が輸出に徐々に悪影響を与え始めている。ダイムラー・クライスラー社は、2月4日に発表した2003年度の業績報告の中で、グループ全体の利益が前年度に比べて91%減って4億ユーロ(520億円)になったほか、業務利益(オペレーティング・プロフィット)も17%、売上高も7%減少したことを明らかにした。

利益が大幅に落ち込んだ原因の一つは
,子会社EADSの株式の評価損だが、ドルやポンドに対してユーロの為替レートが高くなっていることも、売上高に影響しているものと見られている。

VDAのゴッチャルク会長も、年頭に公表したコメントの中で「ユーロ高は我々を破滅させることはないが、影響はある」と述べている。ドイツから輸出される乗用車の49%はユーロ圏向けである上に、様々な為替リスクのヘッジ手段が取られているため、ユーロ高のショックが緩和されているとはいえ、英国と米国が単一の輸出先としては、最も重要な市場であることには変わりない。両国への2002年の輸出台数は130万台と、ドイツ車の輸出台数の36%を占めている。ユーロ高が長期化した場合、輸出高に深刻な影響を及ぼす可能性もある。

* 日本車の大攻勢

さらにドイツ自動車業界を脅かしているのが、日本車と韓国車のマーケットシェアの拡大である。2002年にドイツの乗用車の認可台数は4・7%減ったのに対し、日本車は8・8%、韓国車は7・9%増えている。もっとも、ドイツ車の認可台数214万台に比べて、日本車は23万台、韓国車はわずか5万4000台と、絶対数ではまだ足元にも及ばないが、ドライバーが日韓の車の良さを発見し始めていることは、間違いない。

日本車に関連して、去年11月には、ドイツの自動車メーカーに冷水を浴びせるようなデータが公表された。これは、ドライバーの団体であるADAC(ドイツ自動車クラブ)と、ゲルゼンキルヒェン専門高等学校の「自動車リサーチセンター」が、3万8500人のドイツ人ドライバーを対象に、車の品質、イメージ、技術性、サービスなど、車に対する総合的な満足度を採点させた調査である。

この調査の結果、トヨタが満足度で第一位を占めた他、スバル、ホンダ、マツダ、日産、三菱と、上位7位までを日本のメーカーが独占し、ドイツ車のメーカーは、メルセデスが32位、フォルクスワーゲンが31位、アウディが26位、オペルが27位と下位に甘んじていることがわかったのだ。10位までの内ドイツのメーカーはポルシェだけで、
BMWすら11位にとどまっている。

ドイツでの新車の認可台数をメーカー別に見ると、フォルクスワーゲンとダイムラー・クライスラー、オペルが上位を占めており、トヨタは第10位にとどまっている。こう考えるとADACの調査結果は、市場の現状と矛盾するようにも見える。しかし自動車業界では、メルセデス・ベンツなどダイムラー・クライスラー社の製品が、技術的な問題を多く抱えていることがしばしば指摘されている。

ADACが2002年に、車1000台あたりの故障頻度を車種別に調べたところ、中型車では故障が最も少ないのがトヨタのカローラ(98)だった他、故障が少ない車の上位5位までは、すべて日本車だった。またその上のクラスでも故障がもっとも少ないのはトヨタのアベンシスという車で、故障頻度は1000台につき76。メルセデスのCクラスは17・5でかなり高くなっている。

* ドイツ車の強みはイメージ

ドイツの自動車関係者によると、日本車のシェアが欧州で伸びない理由は、主にイメージのせいである。日本車は、技術的な信頼性では欧州の多くのメーカーをしのいでいると言われる。ベンツやBMWは、「メイド・イン・ジャーマニ−」の高級感によって、地位を確保しているのである。

私の住んでいるミュンヘンのアパートのそばにも、最近天をつくような、ダイムラー・クライスラー社のショールームができたのだが、そこで働いている従業員は尊大極まりなく、修理受け付けの職員の顧客への対応の仕方は、なにか公務員のような態度なのである。彼らの態度を見ると、顧客満足度の点でダイムラー・クライスラー社が32位という落第点をつけられた理由がよくわかる。

このように、国内の政治的、経済的要因によるユーザーの買い控え、ユーロ高、そして日本車や韓国車の追い上げという三つの試練に、ドイツの自動車業界は頭を悩ませているのである。2004年は彼らにとって厳しい年になるだろう。

週刊自動車保険新聞 2004年3月24日