ポルシェ社の快走    熊谷 徹

米国のクライスラ−社の不振が原因で、大規模なリストラを発表したダイムラ−・クライスラ−を始めとして、世界中の自動車メ−カ−は、軒並み苦戦を強いられている。

そうした中、ドイツに一社だけ業績を年々改善し、破竹の進撃を続けている会社がある。それが、シュトゥットガルトに本社を持つポルシェ社である。

 「世間を騒がせている米国の自動車市場での売上高低迷は、今のところわが社については、あてはまりません。2000年度には、米国での販売台数を、昨年度の2万3000台からさらに引き上げることができるでしょう」

ポルシェ社のW・ヴィ−デキング会長は、今年1月に開かれた株主総会で、こう宣言した。

*世界最高の収益性

 彼が強気の発言をするのも無理はない。

世界でただ一つの独立したスポ−ツカ−のメ−カ−であるポルシェ社は、現時点では世界で最も高い利益率を誇る自動車メ−カ−でもあるからだ。

99年度の同社の売上高利益率(利益が売上高の何パ−セントにあたるかを示す比率で、投資家にとっては重要な指標)は11・9%、また自己資本利益率も63・4%にまで達しており、ポルシェは世界中の自動車業界でもっとも優秀なパ−フォ−マンスを見せているのだ。

 実際、90年代からのポルシェ社の業績の改善ぶりには、目を見張らされる。

92年にヴィ−デキング氏が会長に就任した当時のポルシェ社は、2億3900万マルク(約119億5000万円)もの赤字を計上し、深刻な危機に陥っていた。

同会長が従業員の解雇も含むリストラを断行した結果、同社は94年度には黒字に転じた。

それ以降は、輸出が急激に伸びたため、96年度には利益が前年の2・9倍に増えて、1億3900万マルク(約69億5000万円)に達した。

98年度の税引き前の利益も、前年に比べて148%増大した。

この背景には、ポルシェが製造するスポ−ツカ−の2台に1台を吸い込む米国市場の好景気と、ドル高・ユ−ロ安を基調とした交換レ−トの推移もあった。

例えば98年度には、販売台数は1万4958台から1万8782台に25・6%も伸びている。

ドイツ国内での販売台数の伸び率が13%であるのに対し、米国で売れたポルシェの台数は、37・8%と驚異的な成長率を見せている。

 一時は外国からの注文急増にドイツでの生産が追いつかず、顧客がポルシェを注文してから実際にキ−を手にすることができるまでに1年も待たされることがあった。

だが同社はフィンランドのバルメ−という会社と提携して、製造にあたらせることによって、注文急増に巧みに対応した。

バルメ−社は、1999年度に人気車種ボックス・スタ−を1万6000台も組み立ているが、これは全製造台数の3分の1にあたる数である。

しかも、両社の提携合意によると、ポルシェ社はバルメ−社の生産ラインの稼動率を100%にする義務は負わない。

つまり、将来販売台数が減った時にも、ポルシェ社はバルメ−社での製造台数を容易に減らすことができるわけである。

生産能力に関するこうした柔軟性は、機動的な判断を求められる今日の自動車業界では、大変重要なことである。

*20倍に伸びた株価

 米国経済の好調ぶりを見事に利用して利益を拡大したポルシェ社は、自動車業界でベンチマ−ク(経営上の模範)になったと言っても過言ではない。

その実績は、企業に対するマ−ケットの成績表である株価にも反映している。

 「私が92年に会長に就任した時から現在までに、ポルシェ社の株価は20倍に増えました」ヴィ−デキング会長は株主総会で、誇らしげに説明する。

居並ぶ1600人の株主たちも、90年代初めには他社からの買収候補と見られていたポルシェ社が、わずか数年で業績を改善し、収益性では業界のナンバ−ワンの座に躍り出たことに、満足気な表情であった。

ヴィ−デキング氏は、ポルシェ社を危機から救い出した経営者として、株主だけでなく、従業員からも高い評価を受けている。

 実際2000年末の時点では、ポルシェ社の優先株の値段は、ダイムラ−・クライスラ−、フォルクスワ−ゲン、BMWを上回っており、自動車関連銘柄の中では、投資家の垂涎の的となっている。

インタ−ネットや通信関連企業の株価上昇が、将来における成長への期待という投機的な要素に支えられていたのに対し、ポルシェ社の株価の急上昇は、売上高と利益の着実な拡大という、実績に裏打ちされていたのだ。

*今年も安定成長

 ポルシェ社の会計年度は毎年8月に始まるが、ヴィ−デキング氏は、2000年度の上半期にも、売上高が前年の同じ時期を15%上回っている他、販売台数も9・4%増えていることを明らかにした。

さらに会長は、2000年度上半期の税引き前利益も、前年同期を18・4%も上回っており、ポルシェ社の成長路線は今年度も続くだろうという見通しを示した。同社では、2000年度に製造台数、販売台数ともに5万台ラインを突破させることを狙っている。

 今年に入って米国経済の失速ぶりが伝えられるにもかかわらず、ポルシェ社が販売台数について増加を予想できる理由は、すでに1年前に注文されている台数から、かなりの的確さをもって今年度の販売台数がわかるからである。

 また同社では、今後10年間の業務計画についても監査役会に昨年暮れに報告しているが、その中でポルシェ社の製品の中でも最高級シリ−ズとなる「ポルシェGT」についても触れている。

ポルシェGTは、1台の価格が70万マルクから80万マルクにのぼる。

この値段は、現在の交換レ−トで計算すると3500万円から4000万円だが、マルクの購買力を加味したドイツでの感覚では、7000万円から8000万円といった方が妥当である。

ヴィ−デキング会長は、現在行われているマ−ケットリサ−チで、このデラックス・カ−に対する需要があるという確かな感触が得られれば、生産開始を正式に決定するとしている。

*4WDにも挑戦

 ただしヴィ−デキング会長は、2000年度の利益は前年度と同じ水準にとどまるだろうと述べ、やや慎重な見方を示した。

その理由の一つは、現在ポルシェが開発中の四輪駆動車「ケイエン」に多額の投資が必要となるためである。

来年発売予定のケイエンには、10億マルク(約500億円)の開発投資が行われる予定だ。ただし、年々利益を計上しているポルシェ社にとっては、他の自動車メ−カ−と異なり、この開発コストも直ちに償却できるものと見られている。

 ポルシェがスポ−ツカ−以外の車種を発売するのは初めての試みだが、同社の狙いは、「ポルシェ・ファンが四輪駆動車を買いたいと思った時に、他のメ−カ−に走らずにすむようにすること」だという。

このケイエンの特徴は、フォルクスワ−ゲン社がスロバキアで製造する四輪駆動車と同じ車台(プラットフォ−ム)を使うことである。ヴィ−デキング会長は、すでに消費者の間でこの車への要望は高まっているため、年間製造台数を2万台から2万5000台に引き上げたと発表している。

 だが、ポルシェには四輪駆動車の製造の経験はなく、未知の領域であることに変わりはない。

フォルクスワ−ゲンという大衆車のメ−カ−と共通の車台を使うことで、ステ−タス・シンボルとしてのポルシェの高級感が損なわれるのではないかという意見もドイツの市場関係者から出ている。

*米国への依存

 同時に、ポルシェの将来について懸念されているのは、販売台数の約半分を占める米国市場への、過剰な依存である。

90年代後半にポルシェが米国で売れまくった理由の一つは、インタ−ネット関連企業で大儲けをした若い創業者や、株式ブ−ムの波に乗って一山あてた投資銀行マンなど、いわゆるヤッピ−世代が、自分の成功ぶりを示すためにポルシェを買ったためだと言われている。

 つまり、80年代のバブル膨張期に日本でポルシェが大量に売れたのと同じことである。

日本でバブル崩壊とともにポルシェ・ブ−ムが去ったように、米国でもナスダック市場での株価急落によって、若い成金たちの前途に陰りが見えるかもしれない。

ポルシェは若い成功者たち、金はあるが使う時間のない仕事中毒患者たちが、世間に見せびらかすための、一種の「玩具」という意見もある。

 ポルシェ社にとっては、米国経済が失速してヤッピ−たちがスポ−ツカ−を買わなくなった時のために、どのマ−ケット、どの顧客層を新しく開拓するかが、今後の大きな課題と言えるだろう。

2001年4月28日 自動車保険新聞