車外温度42度!灼熱のイタリアドライブ紀行

 冷夏に見舞われた日本とは対照的に、ヨーロッパの2003年の夏は、異常な熱波に襲われた。ふつうフランスやドイツなどアルプスの北側の国々では、8月になっても気温が30度前後まで上がる時期が数週間あるだけだが、2003年には8月の前半に気温が38度から40度という日が2週間も続いた。

この地域では日本や米国と違って、住宅や職場にほとんどクーラーがないので、フランスでは高齢者を中心に、猛暑が原因と見られる死者の数が5000人に達したほか、旱魃や山火事で大きな被害が出た。

* 炎天下で2500キロ走破

 私はたまたまこの時期に、ミュンヘンの自宅からイタリア最南端のシチリア島まで、片道2500キロ、往復で5000キロの距離を車で走った。もちろんこれだけの距離をいっぺんに走ることはできないので、途中で二泊し、一日9時間から10時間ずつ走った。まるでサウナの中を走るような、炎熱ドライブの顛末をご報告する。

日本ではクーラーのない車など考えられないが、ドイツで売られている車には、最新型を除くとクーラーがほとんど付いていない。これまでは暑さが厳しくなかったので、ガソリン消費を増やす冷房には、あまり需要がなかったのである。

私の持っている中古のドイツ車もやはり冷房がないのだが、車がアルプス山脈を越えてイタリアに入ると、車外の気温を示す計器の数字がぐんぐん上がり始めた。古代ローマの円形競技場で有名なベローナを通り過ぎ、フィレンツェにさしかかる頃には、気温が35度から下がらなくなった。

高速道路を走る時に横のガラス窓を開けておくと騒音がうるさいし、強い風が入ってくるので、どうしても窓を閉めることになるが、車内は蒸し風呂状態となる。シャツはおろか、車の座席にも汗がしみ込んで、真っ白に塩が浮かんでくる。

* エスプレッソで目を覚まそう

高速道路を長時間走る旅行では、1秒間のうたたねでも、命取りになりかねない。気温が高い時には、特に疲れがたまりやすい。このため、ふだんよりも頻繁に休憩し、冷蔵庫に入れて凍らせたミネラルウォーターを保温バッグに入れて持ち歩き、冷たい水を多目に飲むようにした。

イタリアの高速道路の休憩所では、どこでも濃いエスプレッソを飲むことができる。量が少ないせいもあるが、一杯150円くらいである。濃縮されたコーヒーの香りは、脳髄を強く刺激してくれる。

さてイタリアの高速道路では「レーダーでスピード検査をしています」という表示があちこちに出ている。だがイタリア人のドライバーの多くは、制限速度を守っていない。私もこれまでイタリアに10回以上車で行っているが、このような検査で罰金を取られたことは一度もない。

青く塗装された警察のパトカーが高速道路を走っている時には、みなスピードを落とすが、そうした車が見えなくなると、アクセルを踏み込んでとばす人が多い。

ドイツの高速道路では、工事現場や合流地点などに、スピード違反をしている車を自動的に撮影するカメラが置かれていることがあるが、イタリアでは一度もお目にかかったことがない。イタリアの警察は、ドイツほどスピード違反を厳しく取り締まらないのであろう。

そういえば、駐車違反の標識がある所でも、みな堂々と車を停めている。ドライバーの「遵法精神」は、イタリアとドイツの間で大きく異なるようである。

*悲しき高速道路

ナポリからさらに南の地域に入ると、高速道路の状態が一段と悪くなる。路面はでこぼこで社会主義時代の東ドイツのようだし、照明がなくて真っ暗のトンネルもあった。また高速道路なのに、車線の表示が全くない区間もある。

イタリアの高速道路はイタリアやオーストリアに比べて車線が狭い。その上、中央分離帯に雑草が生い茂っていて、追い越し車線にはみ出している所もある。暑さのせいで、大型トラックの運転手も疲れているのか、こちらが追い越し車線を走っている際に、フラフラと左側へ寄ってくるトラックが何台かあった。こういう時には、クラクションを鳴らして、相手の目を覚ますのもやむをえない。

いちど、本を読みながら高速道路で車を運転しているドライバーを見て、仰天したこともある。トラックやバスを追い越す時には、トラックのタイヤが車線に近づいていないかどうか、常に注意する必要がある。

イタリア人のドライバーにも、こういうトラックに衝突されるのを防ぐためか、追い越し車線を走る時には、常に左側のウインカーをつけっ放しにしている人が多い。「おれは今追い越しているぞ」という意味だ。

ドイツではこういう運転の仕方は無作法と見られるが、こうしておくと、トラックやバスが追い越し車線から距離を取って、追い越しやすくしてくれる場合もあるので、私は有効だと思っている。

* 高速料金もただ

さてイタリアの高速道路ではふつう通行料金を取られるが、ナポリ南部のサレルノとレッジア・ディ・カラブリアを結ぶ高速道路A3号線は、路面の状態が悪い上に、全区間の30%が工事中だったせいか、料金を取られなかった。

南に行くにしたがって、トンネル、カーブ、急傾斜、狭い道という「四重苦」の場所が増えてくるので、スピードの出しすぎは禁物だ。事故のために、突然交通渋滞に出くわすこともあるので、いつでも減速するための準備をしておこう。

我々も、前方で自動車運搬トラックが事故を起こしていたために、山の中の高速道路で1時間くらい待たされた。またイタリアの高速道路では、出口が90度に近い角度になっており、時速40キロ前後でないと曲がれない場所が多いので、出る時には十分減速することが重要だ。

走りにくいトンネルを抜けると、とつぜん真っ青な地中海とシチリア島が目に飛び込んでくる。ヴィラ・サン・ジョバンニという港から10分おきに出ているフェリーに乗れば、20分でシチリア島のメッシナに到着する。

この町では、赤信号で止まるたびに、子どもたちが道路脇から飛び出して来て、頼みもしないのに、フロントガラスにペットボトルの水をかけて、ブラシでゴシゴシと拭き掃除をする。小遣い銭をせびるためである。この押し売り的アルバイトも、貧富の差が大きい南国に来た証拠である。

*車が少ないシチリアの高速道路

シチリア島の高速道路で気がつくのは、車が驚くほど少ないことだ。高速料金は取られないにもかかわらず、自分の前にも後ろにも車が1台も走っていないことが、何度もあった。シチリア島には、農業と漁業を除くと、重要な産業がなく、北イタリアほど経済活動が活発でないことを感じさせた。

メッシナとパレルモを結ぶ高速道路
A20号線は、それほど需要がないのに、地元のある政治家の強い要望で建設されたと、あるイタリア通が語ってくれた。ガラガラにすいた高速道路を走りながら、日本の本州と四国を結ぶ架橋や、東北地方の山奥の道路を思い出した。

高速道路といえば、実にイタリアらしい体験をした。1993年に買った地図を見ると、南東部のシラクーサと、南部のジェーラを結ぶ高速道路は建設中と表示されていた。

今回シラクーサで、この二つの町を結ぶ高速道路の緑色の標識が出ていたので、この高速道路に乗ったところ、まだ最初の区間数キロメートルしか完成していなかった。高速道路が開通もしていないのに、あたかも完成しているかのように、標識だけが出ているのである。

地元の人に聞いても「10年前から工事が行われていますが、いつ完成するかわかりません」という話だった。南イタリアらしい、きわめていい加減な標識だが、旅行をする者にとっては、誤解の元である。

*ゴミ公害に仰天

南イタリアで目につくのは、環境意識の低さである。パレルモの郊外などで国道を走ると、道端には至る所にペットボトルや紙コップ、新聞紙、壊れた家具などが散乱していて、ごみためのようになっている。私の妻は、ゴミ箱に犬の死体が無造作に捨ててあるのを見て、ショックを受けていた。

道端にゴミがほとんど落ちていないミュンヘンと比べると、違う惑星に来たようだ。海で泳いでいても、ビニール袋や女性の生理用品などが、目の前にぷかぷか浮いていて、げんなりしてしまう。ポルトガルやギリシャでも似たような経験をしたことがある。ヨーロッパでは、南に来れば来るほど、環境を守ろうという公共意識が少なくなるようである。

車の車外気温の表示は、42度を超えている。窓から入り込む空気は、ドライヤーからの熱風のようだ。全身から汗が吹き出し、滝のように流れ落ちる。そろそろ車の運転はやめて、宿にしている農家に戻り、クーラーにあたりながら、冷蔵庫でキンキンに冷やしたミネラルウォーターでも飲むとしよう。

自動車保険新聞 2003年9月22日