多発するバス事故の謎
* クリスマス休暇、暗転
2003年12月21日、一台の観光バスが、ドイツからパリへ向かっていた。
クリスマスの休日をパリで過ごす団体旅行に参加した48人の乗客たちは、ミュンヘン、ケルン、シュトゥットガルト、フランクフルトでバスに乗り込み、ベルギーを通過してフランスとの国境にさしかかっていた。
午前5時半頃、高速道路E19号線を走っていたバスは、ベルギー最後の村アンズィーのゆるいカーブを曲がる際に、突然蛇行して、路肩にあるコンクリートの側壁に激突した。このため左側の前輪と燃料タンクが損傷し、バスはたちまち炎上した。
48歳の運転手はほぼ即死状態だったが、交代要員の運転手がまずバスから脱出し、後部ドアを外から開けた。このドアから37人の乗客が逃げることができたが、ドイツ人やトルコ人、米国人の乗客11人がバスの中で死亡した。バスは完全に焼け落ち、真っ黒に焦げた鋼鉄製の骨組みだけが、骸骨のように残っているにすぎない。
ある乗客は、「火の回るのが速く、ドアから飛び出して後ろを振り返ると、バスは完全に炎に包まれていた」と語っている。
*居眠りが原因か
バスをチャーターしたアウグスブルク市の「レインボー・ツアー」社は、主に若者や学生を対象に、団体旅行を企画している。このため、犠牲者の大半は20歳から25歳だった。
ドイツ・バイエルン州のバス会社によると、事故を起こした「ネオプラン・シティーライナー」型のバスは、2002年3月に新車として購入されたもので、出発前の点検では全く異常が見つからなかったという。
バスの後ろを走っていたトラックの運転手は、「事故の直前に、バスがジグザグに走っていた」と証言していることから、ベルギーの捜査当局は、運転手が居眠りをしたか、心臓発作などに襲われた可能性があると見て、運転手の遺体を解剖して事故原因の究明を急ぐことにしている。
* 欧州で相次ぐ大事故
事故現場には、ベルギー政府のP・デウェーレ内務大臣だけでなく、ドイツ連邦政府のM・シュトルペ運輸大臣もかけつけ、近くの小学校でけがの治療を受けていた乗客たちを見舞った。ドイツの運輸大臣まで現場を訪れた理由は、2003年にドイツのバスが外国で起こした大事故が、このバスを含めて4件に達していたからである。
5月には、ハンガリーで踏み切りを渡ろうとしたドイツの観光バスが、列車に衝突してお年寄りを中心とした観光客34人が死亡した。同じ月には、フランス・リヨン市の近くの高速道路で、ドイツの観光バスが事故を起こして、28人が犠牲となった。
さらに6月には、北イタリア・ヴィチェンツァ市近くのトンネルで、ドイツのバスが事故を起こして乗客6人が死亡している。
* バスは最も安全?
ドイツのバス会社の団体であるBDO(ドイツ・バス会社連合会)によると、バスで旅行を楽しむドイツ人の観光客は、毎年のべ8000万人に達しているが、人身事故の内バスがかかわっているものは、全体の1・5%にすぎない。
たとえば、ドイツでは2002年に6899人が交通事故で死亡しているが、この内バス事故の犠牲になったのは、15人つまり全体の0・2%にすぎない。BDOは、「乗用車とオートバイで死亡するリスクは、バスの62倍。列車はバスの7倍、飛行機はバスの6倍であり、バスは最も安全な乗り物である」と主張している。
BDOによると、観光バスは毎年4回定期点検を受けるほか、毎年1回オーバーホールを受けることを義務付けられている。さらにバスは、独立して作動するブレーキを三つ持っていなくてはならず、年に1回ブレーキ系統だけの点検が行われる。
さらに、観光バスの運転手は、安全運転をしているかどうかについて、テストを定期的に受けなくてはならない。
また、重量が3・5トン以上のバスには、1998年6月1日からシートベルトの取り付けが義務付けられているほか、1999年10月からは、新しく使用される全ての観光バスにシートベルトが装備されることになった。
観光バスは4年おきに更新されるため、現在ドイツで使われているほとんどのバスには、シートベルトが着いていると見てよい。BDOでは、「ドイツのバスの技術的安全性と、運転手の教育水準は世界でもトップクラスだ」として、度重なる事故でイメージが悪くなるのを防ぐのに必死だ。
* バス会社への覆面検査
これに対して、去年8月、ドライバーの組織であるADAC(ドイツ自動車クラブ)は観光客を装った覆面検査員8人を、バスで旅行させて、観光バスの安全チェックを行った。
検査員たちは、バスの状態や安全装備だけでなく、バスの運転手が何時間おきにどれだけ休憩しているか、荷物を積みすぎていないか、また乗員が客に安全に関する情報をきちんと提供しているかについてまで、こっそりとチェックしたのである。ADACが調査した35台のバスの内、23%にあたる8台が不合格となった。
特にラーマンというバス会社が、酒に酔ったサッカーファンたちをハノーバーからキルヒハイムまで乗せた観光バスは、認可から14年経っており、後部タイヤの一本に長さ20センチの亀裂が入っていた。
検査員は、「こんなタイヤをつけたバスが時速100キロで高速道路を走っていたなんて・・・・。パンクしなかったのは奇跡に近い」と肝を冷やしていた。さらにこのバスには消火器がついていなかっただけでなく、運転手の休憩時間も十分でなかったため、不合格の烙印を押された。
* 価格競争も一因
ADACのP・マイヤー会長は「バス会社は一刻も早く、乗客の安全を守るための対策を取り、統一された安全認証マークを導入するべきだ」と訴えている。
さらに乗客に対しては、旅行に参加する前に、運転手の交代要員は乗っているか、時間的に無理なスケジュールになっていないか、シートベルトや非常口は確保されているかなどを、旅行代理店に質問し、安全に不安がある場合には、値段が安くても参加を見合わせるべきだと忠告している。
ドイツの旅行業界では安売り競争が激化しているために、休憩時間を短くしたり、長距離走行にもかかわらず交代要員を乗せなかったりすることによって、割安のパッケージ旅行を提供する代理店が増えていると言われる。
観光バスには、走行時間や休憩時間を記録するための装置が取り付けられているが、当局による検査の目を逃れるために、この装置に細工をして、休憩時間を十分に取っていないことを隠そうとするバス会社もある。
このためドイツ連邦議会の野党であるCDU(キリスト教民主同盟)の議員団は、運輸局が警察と協力してバス会社に対する検査体制を強化するとともに、全てのEU加盟国に共通のデジタル式の走行時間記録装置を導入して、細工ができないようにするべきだと主張している。
また観光バスの運転手に安全走行試験を受けることを義務付けたり、記録装置に細工をした際の罰金を大幅に引き上げたりすることも提案した。
* 認証制度導入へ
またドイツ保険業界の交通技術研究所は、すべてのバスにスリップを防止するためのESP(電子安定装置)の取り付けを義務付けるとともに、バスが最高時速100キロまでしか出せないようにスピード制限装置を取り付けることを提案している。
こうした要請を受けてドイツのバス業界では、利用者がバス旅行を予約する時に安心感を得られるように、「安全なバス旅行認証マーク」を導入する方針を明らかにしている。
この認証マークを受けられるバス会社は、運転手が法律で定められた走行・休憩時間を厳守し、安全運転試験を受けたり、バスが定期的に検査を受けたりすることによって、安全確保に最大限の努力を行っていることを、証明しなくてはならない。
また乗客も、バスの走行中にはシートベルトの着用を義務付けられる。また法令違反を運輸局が発見した場合には、バス会社に関する許認可権を持つ役所にも通報され、悪質な違反があった会社には、営業許可を取り消すことも可能になる見込みだ。
ヨーロッパで毎年交通事故の死者は4万人にのぼるが、その内バス事故の死者は200人にすぎない。それでも2003年のバス事故の頻度は異常だった。バスは多数の乗客を運ぶことができるために、いちど事故が起きると多くの死傷者が出る恐れがある。
ドイツのバス業界は「最も安全な乗り物」という名声を保つためにも、必死で信頼の回復に努めるに違いない。
自動車保険新聞 2004年1月24日