キャンピングカーが大好き!
(休暇民族ドイツ人の秘密兵器)
北国ドイツでも少しずつ日が長くなり始め、春が近づいてきた。人々が待ちに待った、旅行シーズンの到来である。ヨーロッパで、四月の復活祭の休暇や、学校の夏休み期間中に、高速道路を走ってみると、たくさんのキャンピングカーが、高速道路を埋め尽くしていることに気がつく。
重量が大きいキャンピングカーは速度が遅いので、追い越すときにどうしてもじっくりと眺めることになるのだが、その種類の多さには感心させられる。
*六週間の休暇をどう過ごす
たとえば、ベンツに牽引される、大きな家のような旧式のキャンピングカーも現役で頑張っている。このようなキャンピングカーを引っ張るときには、サイドミラーが見えにくくなるので、予備のサイドミラーを取り付けて、周囲の視界を良くしているドライバーが多い。
また最近では、車と一体化したキャンピングカーが多い。ちょうどトラックや大型バンの荷台を、部屋にしたようなものだ。車体の後部には、トイレやシャワー、冷蔵庫付きの台所から居間まで備え付けられている。また最後部に自転車をくくりつけて走っているキャンピングカーも多い。
ドイツの会社員や公務員は、法律で毎年6週間の有給休暇を取ることが認められており、ほとんどの人は6週間休む。このため、バカンスをどこでどう過ごすかが、人々にとっては重要な問題である。
ところが、ドイツでは税金や健康保険・年金保険などの社会保険料が、日本に比べてはるかに高い。給料の4割近くがこうした目的で差し引かれてしまうので、手取り所得はかなり少なくなる。
読者の皆さんの中にも経験された方がおられると思うが、イタリアやフランスなど、ヨーロッパで観光客に人気のある国では、ホテル料金やレストランでの食事代が、かなり高い。たとえば、夏の旅行シーズンに、イタリアで海岸沿いのホテルに泊まろうとすると、一人1万円はゆうにかかる。家族4人で旅行すると、一泊するだけで4万円だ。これではドイツの低い可処分所得では、家計が赤字になってしまう。
*倹約旅行には最適
ドイツでキャンピングカーに人気がある理由の一つは、いちど車に投資すれば、あとは宿泊代がほぼただになるということだ。ヨーロッパの主な観光地では、キャンプ場がよく整備されており、一日数100円の使用料を払えば、共同のトイレやシャワー、炊事設備を使うことができる。特に大家族の場合、キャンピングカーでキャンプ場からキャンプ場へ旅をし、昼間は観光地を見物して、夜は自炊して車の中で眠れば、比較的安上がりに旅行を楽しむことができる。
ヨーロッパ各国のキャンプ場の場所や設備を網羅した、分厚いガイドブックも売られているので、キャンプ場を見つけるのも簡単だ。先日イタリア北部のガルダ湖のそばを通りかかった時にも、キャンピングカーがずらりと並んだ、大きなキャンプ場があった。夜が明けて、キャンピングカーの寝室から一歩外に出れば、目の前はすぐに湖や、深い森というのも、清々しいに違いない。
このように、ドイツ人たちにとって、キャンピングカーは、手ごろな値段でバカンスを楽しむための、手段の一つであると言える。またドイツの庶民には、ふだんと同じ環境で生活することを好む傾向が、他の国に比べて強い。変化を好まない、保守的な生活スタイルの人々には、どの土地へ行っても、見知らぬホテルの1室ではなく、慣れ親しんだ環境で眠ることができるキャンピングカーは、適しているように思われる。
*最初の製品は原始的
ドイツでこれだけキャンピングカーの人気が高いことを考えると、やや意外だが、今のような形のキャンピングカーは、イギリスで発明された。1926年には、イギリスとアメリカでは、すでにトイレ、バスタブ、暖房、冷蔵庫からクーラーまで備えた、豪華な四輪のキャンピングカーが開発されていたが、ドイツにはまだこの種の車両はなかった。
1934年にはドイツでハインリッヒ・ハイザーという作家が、自分で木製のキャンピングカーを造り、家族とともに143日間にわたってドイツ国内を旅行した。彼が「箱舟」と呼んだキャンピングカーは、長さが5・5メートル、幅が1・9メートルあり、今日のキャンピングカーに近い形をしている。
これに対し、1935年からドイツで初めて大量生産されたキャンピングカーは、かなり原始的な物だった。ベルガー社が開発した「ハウスダバイ」という製品は、平たいトレーラーの中に、折り畳み式のテントを組み込んだもの。「ハウスダバイ」とはドイツ語で「家がいつもそこにある」という意味だ。
キャンプする場所に着いたら、トレーラーの蓋を開けて、テントを引き出し、床板を地面におろして、「居間」を作る。またトレーラーの上に板と、空気で膨らませるマットレスを置くと、そこがベッドになる。(イラスト参照)1937年にベルガー社に製品についての感想を寄せたあるドライバーは、「わずか2分間で、テントを組み立てることができたし、テントの床板があるので、寒さが伝わってこない。
また一日100キロ走ったが、トレーラーは軽いので、走っている時にあまり負担を感じなかった」と満足そうである。ケルンの別のドライバーは、このトレーラーで、アルプス山脈の高度2577メートルの場所まで旅行したと自慢している。
*経済成長とともに普及
キャンピングカーが西ドイツで本格的に製造され始めたのは、この国が戦後の荒廃から立ち直り、経済復興が軌道に乗った1960年代からである。
しかし、この頃ミカファという会社が開発したキャンピングカーは、フォルクスワーゲン社の乗用車「かぶと虫」の3・4倍もの値段だったから、まだ庶民にとっては高嶺の花だった。市民の休暇日数が大幅に増えた70年代になると、人々の所得水準も向上し、キャンピングカーが普及するようになった。
毎年九月には、ドイツのデュッセルドルフで「キャラバン・サロン」と呼ばれるキャンピングカー専門の自動車ショーが開かれる。この種の自動車見本市としては、世界最大と言われ、全世界から最新型のキャンピングカーが集まってくる。
不況とはいえ、レジャー産業だけは相変わらず元気がいいヨーロッパでは、キャンピングカーは重要な車種とみえ、ダイムラー・クライスラーやフォルクスワーゲンだけでなく、ルノーやフィアットなどの外国メーカーもこぞって出品している。小型のキャンピングカーは、新車でも3万2000ユーロ(約420万円)で買えるが、上を見ればきりがない。
「モナコ・ダイナスティー」と名づけられた、豪華なキャンピングカーの居間は、まるでホテルのスイート・ルームのように広々としており、とても車の中にいるとは思えない。また去年の見本市では、タイヤが8個あり、全輪駆動の大型トラックのシャーシ(車台)の上に居住部分を載せた、「アクション・モービル」が展示されて、見学者の度肝を抜いた。
キャンピングカーというよりは、まるで軍用車両か、SF映画に登場する火星探査車のように見える。こんな車でキャンプ場に行ったら、場所を取りすぎるので、他の旅行者から文句を言われるかもしれない。
各社が新しいキャンピングカーを開発しているのを見ると、ヨーロッパの高速道路では、これからも大きな白いヤドカリかカタツムリのようなキャンピングカーの姿が、よく見られるに違いない。
2003年3月19日 自動車保険新聞 熊谷 徹