ドイツの高速道路で最新式料金システム
ヨーロッパの高速道路を走る時、ドライバーを悩ませるのは、おびただしい数のトラックである。平日の高速道路の走行車線は、商品や資材を満載して走るトラックが、ずらりと並んでいるので、巨大な壁の横を走っているような気がする。時には、速度の遅い車を追い越すために、トラック野郎が、追い越し車線に割り込んでくることがある。すると、追い越し車線を走っていたドライバーは、追突を避けるために、ブレーキを踏んで速度を落とさなければならない。
*物流の中心はトラック
欧州の真ん中に位置するドイツは、ヨーロッパの東西・南北を結ぶ物流にとって重要な意味を持っている。この国のアウトバーン(高速道路)には、毎日160万台ものトラックが走っている。ドイツ連邦統計局の調べによると、2001年にドイツの貨物輸送量は、前年よりも1・8%増えて、5130億トンキロメートルになったが、その内の実に70%がトラック輸送である。鉄道輸送は全体の14・6%にすぎない。ドイツを初め、ヨーロッパの物流の中心はトラック輸送なのである。
だがドイツの交通渋滞は悪化する一方で、ドイツ人のドライバーが毎年渋滞の中で車の中に座っている時間は、平均65時間にものぼる。ADAC(ドイツ・自家用車運転者協会)の調べによると、毎年報告される渋滞件数は10万件を超え、渋滞キロ数は、一日1000キロに達する。大量のトラックもこうした渋滞の原因の一つとなっていることは間違いない。
大型車両がスムーズな交通の妨げになるだけではなく、トラックからの排気ガスは、環境汚染の原因にもなる。1998年に政権を握った社会民主党と緑の党は、トラックで輸送される貨物の量を減らし、鉄道輸送量を増やすために、車を使った貨物輸送のコストを引き上げることを検討してきた。京都議定書に基づき、気候変化の原因となる、二酸化炭素などの温室効果ガスを減らすためにも、トラック輸送量を減らすことは重要である。
*距離による料金体系導入へ
そのための具体的な第一歩が、今年九月から踏み出される。ドイツ政府は、高速道路を使用するトラックに対し、走行距離に比例した利用料金を貸すことを決定したのだ。これまで政府は、ドイツのアウトバーンを通過する、重量12トン以上のトラックに対して、期間ごとの利用料金を支払うことを義務付けてきた。
この料金は、距離とは無関係なので、一年間に数キロ走っても、10万キロ走っても、料金に違いはなかった。これに対してシュレーダー政権は、走行距離に応じて料金を課すことによって、トラック輸送のコストを大幅に引き上げることを決めたのだ。
新しい法律によると、政府は重量12トン以上のトラックに対して、1キロメートルあたり平均15セント(約19・5円)のアウトバーン使用料を課す。ハンブルグからミュンヘンまで、高速道路を800キロ走ると、トラック運転手は120ユーロ(約1万5600円)の料金を支払わなくてはならない。
料金の徴収だが、イタリアやフランスのように料金所を作ると、渋滞の原因となる恐れがある。このため連邦交通省は、ハイテクを駆使した新しい料金徴収システム「トル・コレクト」を導入する。自動車メーカーのダイムラー・クライスラー社、通信企業のドイッチェ・テレコム、フランスの道路運営会社コフィルートが共同で開発したこのシステムは、料金所も料金支払い証明ステッカー(ビネット)も使わないで、道路料金を徴収する、世界でも初めての方式である。
*ハイテク駆使の料金制度
このシステムを利用するには、トラックにOBU(オン・ボード・ユニット)と呼ばれるカーラジオくらいの大きさの発信機兼コンピューターを取り付ける必要がある。日本のカーナビや船舶の航行では、自分の位置を知るために、米国の軍事衛星を使用したGPS(グローバル・ポジショニング・システム)が使われているが、「トル・コレクト」もGPSを使う。
OBUは、GPSからの情報によって、トラックの位置を把握できるが、運転者がアウトバーンを利用した時には、キロ数を自動的に記録する。そしてOBUは道路料金を計算して、トラックに関するデータとともに、道路運営会社に無線で送る。情報を受け取った道路運営者は、運送会社に対して料金を請求する仕組みだ。
OBUを搭載していないトラックの運転手は、高速道路を走る前に、ガソリンスタンドやレストエリアに設けられた「トル・コレクト」の端末でクレジットカードやガソリンの給油カードを使って、事前に料金を払う必要がある。
「トル・コレクト」は、高速道路の300ヶ所に監視カメラを設置し、ナンバープレートを分析して、トラック運転手が事前に料金を払っているかどうか、OBUを設置しているかどうかを点検する。ドイツ政府では、料金を払っていない運送会社に対しては、最高2万ユーロ(約260万円)の罰金を課すことにしている。ドイツ政府は、この新しい制度によって、一年間で34億ユーロ(約4420億円)の料金収入があると予測している。
だが、「トル・コレクト」システムについては批判の声も上がっている。まず米国の軍事衛星を使っているため、運送会社が請求書に疑問を持った場合に、走行キロ数が正しく把握されているかどうかを、点検することができない。
GPSについては、特に市街地で無線信号が届かない場所があることが知られている。つまり、市街地の高速道路を頻繁に走るトラックについて、データが正しく記録されるかどうかは、未知数なのである。たとえば、米国がGPSの民間企業に使用させることを取りやめたり、位置特定機能が低下したりした場合には、ドイツ政府はお手上げなのである。
*高料金に批判の声も
また「トル・コレクト」システムは、世界で最も費用がかかる道路料金徴収システムである。ドイツ政府が独仏の三社に発注したシステムの構築事業の総額は、80億ユーロ(約1兆400億円)。さらに三社は政府からサービス料として、毎年6億ユーロ(約780億円)を徴収する。ドイツの企業コンサルタントのE・ウールマン氏は、「料金所を使って使用料を徴収すれば、運営費用は料金の6%で済むのに、トル・コレクトにかかる費用は、徴収される料金の20%にものぼる」と指摘している。
また、運送業界も道路料金がこれまでに比べて少なくとも10%は上昇することから、新しいシステムの導入に頭を痛めている。運送業界は、EU(欧州連合)から思わぬ援護射撃を受けられそうだ。
EUで交通問題を担当するロヨラ・デ・パラチオ委員が、今年二月末に、「1キロあたり15セントの道路料金は不当に高く、ドイツ以外の国の運送業者を、競争上不利な立場に追い込む恐れがある」として、新料金体系に関する調査を開始する方針を明らかにしたのだ。パラチオ委員によると、EUのヨーロッパの交通網に関する規定では、道路料金は建設費用の償却額と、運営費用だけをカバーするべきものとされている。
ドイツのアウトバーンの大半では、すでに建設費用は償却されているため、EUでは新しい料金が高すぎると見ているわけだ。もう一つの問題点は、道路料金の使い道である。新しいシステムで徴収される34億ユーロの道路料金のうち、道路建設にあてられるのは3億8000万ユーロだけで、7億8000万ユーロは連邦政府の歳入となる。EUでは、道路料金を異なる目的のために使用することは原則として認められないという立場を取っている。
また環境団体は、「道路料金を節約するために、トラック運転手が高速道路を避けて、国道を利用するようになり、渋滞や大気汚染を減らす効果は少ないかもしれない」と懸念している。その場合には、トラックの国道利用にも、料金を課す必要が生じる。ハイテク駆使の新料金システムが軌道に乗るまでには、まだ時間がかかりそうだ。
週刊自動車保険新聞 2003年4月16日
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後記
この記事を発表した後、料金徴収システムに深刻な技術的トラブルが発見され、導入は1年半以上にわたり遅れたが、トル・コレクトは2004年12月に事業認可を受け、2005年1月から実施されることが決まった。(2004年12月19日記)