欧州で再燃する原子力への関心

チェルノブイリ事故から20年経った今年、欧州では原油価格の高騰や、地球温暖化防止論議の影響を受けて、ドイツを除く各国の間で、原子力発電が再び脚光を浴びている。

特に注目されるのは、英国のブレア政権が、今年7月11日に発表した、長期的なエネルギー政策指針「エナジー・レビュー」の中で、将来のエネルギー源として再生可能エネルギーだけでなく、原子力をも重視し、原子炉の新規建設を後押しする方針を発表したことだ。このことは、欧州の原子力推進派にとって、強い追い風になるものと見られている。

英国のDTI(通商産業省)によると、同国は現在発電量の20%を原子力に依存しているが、今後20年間に多数の原子炉が老朽化のために廃炉になるために、原子力への依存度は、7%に下がると予想されている。

このため、同国は2020年までに再生可能エネルギーが発電量に占める割合を、現在の5%から20%に引き上げるほか、エネルギー節約のための措置を取る。さらにブレア首相は、「原子力を使用すれば、英国は地球温暖化の原因となる温室効果ガスの放出量を減らすことができる。温暖化の脅威を考えると、CO2を出さないエネルギー源を選択肢として排除することはできない」として、今後30年間の長期エネルギー政策に、原子力を含めることを明らかにした。

具体的には、英国政府は、新規の原子炉に対する建設許可が、これまでよりも迅速に出るように制度を改革する。現在は建設許可が出るまでに6年もかかっているが、これを3年間に短縮することにより、廃炉された原子炉の発電能力が迅速に更新されることをめざす。

興味深いことは、ブレア政権が原子力推進に踏み切った背景に、エネルギー安全保障があることだ。首相は「私の考えを変えたのは、気候温暖化だけではなく、英国がこのままではエネルギーの自給国から、大幅に輸入に頼る国になることだ」と述べ、北海油田の備蓄が急速に減る中、ロシアや中東からのエネルギー源の輸入に、過度に依存しないように配慮しているという態度を明らかにした。

去年から今年にかけて、原子力推進の姿勢を強く打ち出したのは、英国だけではない。去年暮れには、リトアニアの経済大臣が、「イグナリアに新しい原子炉を建設する可能性がある」と発言した。イグナリアには大規模な原子力発電所があり、同国の電力需要の4分の3をカバーしているが、大事故を起こしたチェルノブイリ発電所と同じ形式の黒鉛炉を使っている。このため同国は、EU(欧州連合)の強い要請で、2つの原子炉の内、1基は去年初めに運転を停止し、2基目も3年後にはストップさせる。リトアニア政府は、かつて自国を植民地化した事実上の「敵国」であるロシアに、エネルギーについて大幅に依存することは、絶対に避けたい。このため同国にとっては、安全な原子炉の新規建設が、重要なのである。

また今年2月には、オランダの環境大臣が、やはり温室効果ガスの削減と、エネルギーの安定供給のために、3ヶ所に原子力発電所を新たに建設する可能性について、検討していると述べた。この大臣は、3年前には放射性廃棄物への懸念から、原子力発電に否定的な姿勢を見せていただけに、この路線変更は、オランダの環境団体や野党に強い衝撃を与えた。

さらに7月18日にポーランドのカチンスキー新首相は、所信表明演説の中で、やはりロシアからのエネルギーへの依存度を減らすために、初めて原子力発電所の建設を検討していることを明らかにした。欧州諸国、特にかつてソ連の支配下にあった国々は、今年1月にロシアがウクライナへの天然ガスの供給を停止したのを見て、ロシアのエネルギーに大幅に依存することの危険さを、強く感じたのである。

欧州の先進主要国、そしてG8の中で、原子力廃止の方針を明確に打ち出しているのは、ドイツだけである。今年7月にサンクトペテルブルクで開かれたサミット・先進国首脳会議で、各国首脳が合意した「グローバルなエネルギー安定供給のための行動計画」の中で、「エネルギー供給の安定化と温暖化防止のための目標を達成する上で、G8加盟国は様々な方法を取る」という文章があるのは、唯一原子力全廃をめざすドイツ政府の姿勢に配慮したものである。メルケル大連立政権の一党である社会民主党側は、今のところ脱原子力の姿勢を崩していない。周辺諸国の間で「原子力カムバック」の動きが強まる中、ドイツ政府は果たして原子力廃止の方針を維持できるだろうか。


電気新聞 2006年8月17日

 

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