ドイツ電力市場自由化・監督機関設置の波紋
ドイツ政府は今年三月、「託送料金の算定方法や送電線の使用条件などについて、事前に決定、認可する監督機関を導入する」と発表したが、この決定は、ドイツの電力市場自由化をめぐる方針が、自主規制から法的規制へと、大きく転換したことを意味する。
* ドイツ電事連の批判
連邦経済省と連邦環境省の方針によると、来年七月に始動する監督機関は、新設の官庁ではなく、連邦カルテル庁か、郵便・電話通信事業の監督庁の一部になる予定だ。今回の決定は、政府の規制ではなく、連盟間合意によって、自らの手で競争を確保しようとした電力業界にとって、痛打である。監督機関の設置に反対してきたVDEW(ドイツ電事連)は、「がんじがらめの規制や監督は、コストを増やし、巨大な官僚機構を生む。連盟間合意を基礎にすれば、監督に伴う手間は最小限に抑えられる」という声明を発表し、規制を最小限にするよう求めた。ドイツの電力業界は、「98年の自由化以来、企業向け電力価格は30%低くなったのだから、連盟間合意は十分成果を上げた」として、法的な規制よりも業界内の自主規制が正しい道だという信念を曲げていないのである。連邦経済省のG・アダモヴィッチュ政務次官が、「新しい監督機関は、連盟間合意の内容に配慮し、合意内容が厳密に守られるよう監視することになる。送電網運営者が投資意欲を失うような、過度の規制・監督を行うつもりはない」と説明しているのも、電力業界への気配りだろう。
* 緑の党と需要家の勝利
だが、この決定が、長年にわたり監督機関の設置を求めてきた緑の党や欧州委員会、ドイツの需要家組織の勝利であることは間違いない。緑の党のエネルギー政策担当委員は、「監督機関の設置は、競争と消費者保護を強化するものだ」として高く評価している。また中小企業を中心とした需要家組織であるVEW(エネルギー需要家連邦連合会)も、「連盟間合意によって、自由競争や市場の透明性が阻害され、新規参入も困難になったため、ドイツの電力価格は欧州でもトップクラスになっていた。監督機関の設置は、経済界とくにメーカーにとって、この惨憺たる状況に終止符を打ち、電力価格を本格的に引き下げるための正しい一歩である。電力業界の自主規制は、完全に破綻した」と述べ、長年要求してきた監督機関の設置が実現することに、喜びを隠せない様子だ。VEWは、定期的に全国の送電網運営者の料金を比較して公表してきたが、各社の託送料金に最高190%もの格差があるのは不当だとして、連盟間合意は自由競争に十分寄与していないと批判してきた。自由化以来、託送料金をめぐって電力業界と需要家は真っ向から対立してきたのだが、政府は「連盟間合意だけでは、不十分だ」と判断し、需要家側に軍配を上げたことになる。
* 是正命令も迅速化
さらにドイツでは最近法律改正によって、連邦カルテル庁が、託送料金が不当に高い水準にあると認定した場合、以前よりも迅速に価格是正を命令することができるようになっており、今年に入って二社の送電網運営者が是正命令を受けている。この国のガス業界では電力業界以上に自由競争が阻害されていると言われており、ガス業界にも監督機関が設置されることはほぼ確実だ。またEU加盟国の中で、監督機関を設置していないのはドイツだけだったが、今回の決定は、欧州随一の経済大国ドイツといえども、長期的に単一電力市場をめざすヨーロッパ全体の趨勢にはいつまでも抗えないことを、はっきり示した。ベルリンからのニュースを聞いて満面の笑みを浮かべているのは、欧州委員会で電力市場の自由化を担当している人々であるに違いない。
電気新聞 2003年6月11日号掲載