独エネルギー企業、ロシアに急接近
2005年4月、ハノーバーで開かれていた工業見本市で、欧州のエネルギー業界にとって重要な意味を持つ合意内容が明らかにされた。
ドイツの化学・エネルギー総合企業BASF(本社ルートヴィヒスハーフェン)が、世界最大の天然ガス企業である、ロシアのガズプロムとともに、シベリア西部の天然ガス田「ユシュノ・ルスコエ」の共同開発について、基本合意書に調印したのである。
* 豊富な埋蔵量
BASFの子会社ウィンターズホールは、すでにガズプロムとの合弁企業アヒムガズを通じて、西シベリアの天然ガスの採掘を行っているが、ユシュノ・ルスコエは現在採掘中のガス田の2・5倍の規模を持っており、5000億立方メートルの天然ガスを埋蔵している。
これは、ドイツで毎年消費される天然ガスの5倍に相当する量である。
豊富な埋蔵量を誇るこのガス田の開発に参加する西側企業は、BASFが最初であり、消息筋の間では、同社がここからの天然ガスの50%の採掘権を確保するのではないかと推測されている。
同時にBASFとガズプロムは、ユシュノ・ルスコエの天然ガスを西欧に輸送するために、バルト海を通過するパイプラインNEGPを共同で建設する。
* 敗北したE・ON
このニュースに最も強い衝撃を受けたのは、ドイツの総合エネルギー企業E・ON(本社デユッセルドルフ)である。
同社は、2004年7月にガズプロムと覚書を交わし、ユシュノ・ルスコエの共同開発事業で、西側企業のリーダーとなったと確信していたからである。
ガズプロムの株式6・5%を持っているE・ONは、ユシュノ・ルスコエ・ガス田の採掘権の25%を確保することを狙っているが、プロジェクトの主導権をBASFに奪われて一敗地にまみれたことは、否定できない。
ガズプロムは1993年以来、BASFとの合弁企業ウィンガスに35%のシェアを持っているが、BASFは、ガズプロムに対してシェアを50%近くに増やすという魅力的な条件を提示した。これによって、ガズプロムは西欧でのガス供給事業を、大幅に拡大することができる。
BASFがこの条件を提示したことが、ユシュノ・ルスコエ・ガス田開発プロジェクトをめぐる逆転劇につながったと見られている。
「ロシア人は、交渉の上で圧倒的に有利な立場にある。ドイツ企業を競争させて、最良の条件を引き出した」。E・ON幹部は悔しそうに語る。
* 激化する競争
さて今年5月には、ドイツの総合エネルギー会社RWE(本社エッセン)も、西シベリアの天然ガス採掘をめぐる競争に参加することを発表した。
ハリー・レース社長は、「ガズプロムとの協力関係を深めることによって、ロシアでの天然ガス開発に関わる。我々は採掘、パイプライン建設だけでなく、ガス販売についても協力できる」と述べた。
同社が抱える分厚い顧客リストを、ガズプロムの供給事業に役立てることで、採掘権を確保しようという狙いだ。
* 深まる対ロシア依存度
ロシアは、現在でもドイツにとって最大の天然ガス供給国である。
2003年にロシアはドイツが購入した天然ガスの32%を供給し、2位のノルウエー(26%)に水をあけている。
ドイツ国内で生産される天然ガスは、18%しかカバーしていない。
ドイツでは、全世帯の46・6%に相当する1750万戸が、天然ガスによる暖房を使っている。
つまり、60年前には不倶戴天の敵同士だったドイツとロシアは、エネルギー供給の面で重要なパートナーとなりつつあるのだ。BASFがガズプロムとの合意書に調印した際に、シュレーダー首相とプーチン大統領が同席したことも、ロシアの天然資源がドイツ経済に対して持つ戦略的な重要性を象徴している。
シュレーダー氏がチェチェン政策などをめぐり、ロシアに対して宥和的な態度を取っている背景にも、天然ガスをめぐる依存があるのかもしれない。
その意味では、ドイツが対ロシア依存度をさらに深めることは両刃の剣であり、CO2を出さない石炭火力発電技術などの開発によって、バランスの取れたエネルギー・ミックスを確保することが重要なのではないだろうか。
電気新聞 2005年7月6日