ドイツ大連立政権に電力業界、産業界は失望
2005年9月18日に投票が行われたドイツ連邦議会選挙は、エネルギー政策の大幅な転換を期待していた電力業界、産業界を失望させた。
* 与野党とも過半数割れ
アンゲラ・メルケル候補を擁立したCDU(キリスト教民主同盟)と姉妹政党CSU(キリスト教社会同盟)は、得票率が、前回の選挙を下回り、通常の連立相手であるFDP(自由民主党)と組んでも、過半数を取ることができなかった。
このため、3週間にわたる交渉の末、10月10日にSPD(社会民主党)と大連立政権を樹立することで合意したのである。
ドイツで初の女性首相が誕生するわけだが、そのことを祝福する雰囲気はない。
シュレーダー政権は、原子炉の最長稼動年数を32年に制限し、原子炉の新規建設を禁止する脱原子力政策を、主要経済国としては初めて実施したほか、莫大な振興金によって再生可能エネを急拡大するなど、エコロジー的な色彩の強いエネ政策を実施してきた。
* バランスを欠くエネ政策
このため電力業界と産業界は、メルケル政権が、再生エネ振興にブレーキをかけ、現在運転中の、17基の原子炉の稼動年数を延長し、エネルギーミックスに原子力を再び含めることを強く望んできた。
特に産業界は、経済省がエネルギー政策を担当し、緑の党の牙城である環境省が、CO2削減、再生可能エネ、原子炉の保安政策を担当しているために、エネルギー政策にバランスが欠けていることに不満を持っていた。
たとえばDIHK(ドイツ商工会議所)のルートヴィヒ・ゲオルグ・ブラウン会頭は、「エネ政策から環境省を外し、脱原子力政策を見直して、価格と需給に柔軟に対応できるように、全てのエネルギー源を確保するべきだ」と主張していた。
* 環境省はSPDが担当
だがメルケル次期首相が過半数の確保に失敗し、SPDが大連立政権で8つの閣僚ポストを確保したため、シュレーダー政権のエネ政策を全面的に転換することは、極めて困難な状況になった。
たとえば、環境省はSPDの担当となり、環境大臣には以前ニーダーザクセン州の首相を務めた、ジグマー・ガブリエル議員が就任する。
ガブリエル氏は、SPDでは左派に属さない穏健派と見られている。このため緑の党のユルゲン・トリティン環境大臣よりも、バランスのとれたエネ政策、環境政策を実行するものと期待されているが、いずれにしてもCDU・CSUほど電力業界や産業界に配慮することは考えにくい。
* 経済省はCSUの所管に
一方、エネ政策全般を統括する経済省には、CSUの重鎮で、バイエルン州の首相であるエドムント・シュトイバー氏が就任する。
緑の党の環境政策に批判的なシュトイバー氏は、脱原子力政策を見直すことを選挙前に宣言していた。
(CSUのエネ政策担当者の中には、原子炉の新規建設を検討するべきだとする者もいた)
CDU・CSUは、再生可能エネの拡大には賛成しているが、毎年50億ユーロ(6850億円)に達する振興金を、大幅に減らすべきだと主張する。
このため、エネ政策と環境政策をめぐり、大連立政権内でCDU・CSU対SPDの意見の対立が先鋭化する可能性もある。
また、メルケル新政権の中では、CO2削減、再生可能エネと原子力の保安政策については、これまで通り環境省が担当することが決まっており、経済省がこれらの分野を一括して担当するという、電力業界や産業界の夢は実現しなかった。
唯一両党が一致しているのは、緑の党が凍結した、放射性廃棄物の最終貯蔵処分場に関する研究を、再開するべきだという点くらいである。
* 大連立政権の問題点
さらにメルケル次期首相の指導力を疑問視する声も、出始めている。
ドイツの憲法によると、大臣の間で意見が対立した場合、首相が最終決定権を発動して、論争に結着をつけることができるが、大連立内閣では、メルケル女史はこの伝家の宝刀を抜くことはできない。
10月10日に発表された連立合意書の中には、「どちらの党も、他党の意見を無視して決定することはできない」と明記されているため、首相の指導力が制限される可能性が強い。
電力業界と産業界にとっては、緑の党が政権から退くことはプラスだが、エネ政策の決定的な転換は期待できそうにない状況である。
電気新聞 2005年10月26日
後記・この原稿が新聞に掲載された後、シュトイバー氏は経済大臣への就任を辞退して、政界を驚かせた。