経済界に歩み寄るドイツのエネルギー政策
シュレーダー政権は、今年に入って、エネルギー政策の上で電力業界や製造業界の利益を重視し、環境政党に自制を求める方向に舵を取り始めた。

この方向転換を最も端的に表わしているのが、今年3月30日に連立政権首脳部が、排出権取引の前提として
CO2の削減量を決定する協議で、財界の意向を代表するW・クレメント経済労働大臣の主張を、受け入れたことである。

* CO2削減量の大幅縮小

連邦首相府でシュレーダー首相、フィッシャー副首相(外相)を交えて、5時間にわたり繰り広げられた激論の末にまとまった合意内容によると、ドイツの電力業界と製造業界は、2005年からCO2の年間排出量を、5億500万トンから5億300万トンに、また2008年からは4億9500万トンに減らすことになった。

この量は緑の党の
J・トリティン環境大臣が求めていた削減量を、大幅に下回るものである。緑の党が、2007年までに年間排出量を4億8800万トン、2012年までに4億8000万トンに減らすことを求めていたことを考えると、軍配は経済労働大臣に上がり、環境保護派は一敗地にまみれたというべきである。

協議の後クレメント大臣は、「この合意によってドイツ経済の国際競争力を確保するとともに、経済界が安心して設備投資を行うことが可能になった」と述べた。

また
VDEW(ドイツ電事連)のE・メラー専務理事も、「結局は理性が勝利したことを示す内容であり、産業界が経済的な決定を行うための、余地が生まれた」として、今回の合意を高く評価する姿勢を示した。

* 電力会社に有利な決定

さて2012年までに京都議定書の削減目標の達成を目指すドイツは、CO2の排出量を今後8年間で1700万トン減らさなくてはならないが、この内電力業界と産業界は排出量を1000万トン削減し、残りの700万トンは個人世帯と交通部門に割り当てられる。

ドイツ経済研究所(
DIW)のHJ・ツィーズィング研究員は、「今回の合意で大きな利益を得るのは、RWEのように老朽化した石炭火力発電所を持っている電力会社だ。RWEは、これらの発電所の燃料を石炭からガスに切り替えることによって、CO2排出量の削減目標を簡単に達成することができるため、排出権を販売する側に回るからだ」と主張する。

* 緑の党と全面対決

 CO2削減量設定で勝利を収めたクレメント経済労働大臣は、他の分野でも環境省のエネルギー政策に挑戦する姿勢を示している。彼は、排出権取引が有効に機能することが確認された時点で、早ければ2006年には、環境税、熱電併給型発電所促進法、再生可能エネルギー促進法など、緑の党が導入した施策を全て見直し、必要ならば廃止する方針を明らかにしたのだ。

大臣は、「ドイツの電力価格はヨーロッパでも最高水準にある。これ以上産業界に負担をかけることは、許されない」と、経済界の利益を擁護する発言を行っている。この背景には、連邦政府のエネルギー政策審議会が、今年3月に経済労働省に提出した鑑定書の中で、「排出権取引が導入されれば、環境税や再生可能エネルギーの促進は、ドイツ経済に二重の負担をかけるだけになり、意味がなくなる」と指摘した事実がある。

* 経済・雇用優先へ

ドイツは昨年以来、景気停滞と内需の低迷に苦しんでおり、世論調査が示すシュレーダー首相への支持率も、経済面での失策が理由で、25%前後という低い水準に落ち込んでいる。経済労働省が、閣内不一致の印象を与えるのも覚悟の上で、緑の党のエネルギー政策にはっきりと反旗をひるがえし始めたのは、再来年の連邦議会選挙を前に、首相が「経済・雇用重視」の方針を強調する必要に迫られているという事情があるに違いない。

ある緑の党関係者は、「環境保護反対派の総攻撃が始まった」という言葉で、政府内の空気を表現しているが、エネルギー政策をめぐる振り子は、今後も財界重視の方向に揺れていく可能性が強い。

電気新聞 2004年6月2日