ドイツ政府、電力託送料金の事前認可制度を部分的に導入へ

 

 ドイツ政府のW・クレメント経済労働大臣が、電力市場の自由化問題をめぐって、苦しい立場に追い込まれている。EU(欧州連合)の指令によれば、加盟国は電力市場の競争を促進するための法律を、今年7月に施行していなくてはならないのだが、ドイツではこの原稿を書いている11月11日の時点でも、「エネルギー経済法案」が議会を通過していないからだ。

* 事前認可か事後検査か

施行が遅れている最大の理由は、ドイツの送電事業者・1700社の託送料金を、監視機関がどのようにチェックするかについて、連邦政府と州政府・消費者団体の間で激しい議論が戦わされていることだ。監視を担当するのは、通信・郵便事業監督庁の中に来年設置される新機関。当初クレメント大臣は、監視機関に託送料金のベンチマーク(目安となる基準料金)を設定させ、この基準を上回る託送料金を課している企業についてのみ、調査させる方針だった。

その理由は、託送料金を不当に高くしている疑いのある企業に的を絞って調査する事後検査方式(
ex post方式 )の方が、全ての企業の託送料金を、適用前に認可する制度(ex ante方式)に比べて、事務手続きが簡略化できるということである。

* 独政府、CDUに譲歩

ところが、ヘッセン州のA・リール経済大臣や消費者保護団体は、「事後検査方式は現在の連邦カルテル庁も取っているが、調査が終了して企業が制裁を受けるまでに、時間がかかるので、託送料金を引き下げ、自由化を促進する上でほとんど効果がない」として、連邦政府の方針に真っ向から反対したのだ。

託送料金をめぐって、鋭い舌鋒で知られるリール氏は、キリスト教民主同盟(
CDU)に所属する。連邦参議院ではCDUが優勢なので、事後検査方式を含んだ法案を送っても、廃案にされるのが落ちである。そこでクレメント大臣は、10月末に態度を軟化させ、送電事業者が託送料金の引き上げを発表した時に限って、監視機関が料金を事前に認可することに同意した。

それ以外の託送料金については、原案通り、事後監視方式が採用される。監視機関は今年8月までさかのぼって、託送料金の引き上げについてチェックを行うことになる。
CDUは、監視機関の権限が部分的に強化されたとして、この決定を評価している。

* 料金引き上げに高まる不満

これに対しドイツ電事連(VDEW)は、「部分的に事前認可が義務づけられることによって、監視機関が肥大化する危険があり、小さな政府の原則に反する決定だ。送電事業者が、託送料金の値上げをめぐって訴えられ、長年にわたり法廷での議論に巻き込まれる恐れも強まった」という声明を発表し、政府の方針を批判している。

政府が部分的にせよ
CDUと消費者団体の意向を受け入れた背景には、今年8月以来、大手電力会社が石炭の値上げなどを理由に、電力料金を引き上げる方針を一斉に発表し、市民や需要家から批判が高まっているという事実がある。たとえばRWEが来年1月から電力料金を平均5%引き上げることを発表した他、エオン、ヴァッテンファルも値上げの方針を明らかにしている。

ヴァッテンファルの
K・ラウシャー社長は、「風力エネルギーの増加によって、今年だけで送電事業者へのコストが1億ユーロ(135億円)も増えているため、託送料金を引き上げざるを得ない」と説明している。

* 割高な独の託送料金

連邦カルテル庁は、ドイツの電力料金の3分の1が託送コストであると推定しているほか、ドイツの託送料金は他のEU加盟国に比べると30%も高くなっていると指摘している。この国では、1988年に電力市場が自由化された直後に、約100社の電力販売会社が誕生したが、現在では5社前後しか残っていない。その最大の理由は、託送料金の設定方法が不透明で、高額であることだ。

今日でも発電事業・送電事業の大半は、
RWE、エオン、ヴァッテンファル、ENBWの4大グループに握られている。このため、需要家や消費者保護団体からは、「託送料金の事前認可制度が、送電事業者に対してコスト削減のための圧力を高めれば、電力料金が現在よりも約10%低くなる可能性がある」という声が出ているのだ。電力業界と、政界、需要家の間の、託送料金をめぐる攻防は当分の間続きそうだ。

 

熊谷 徹

電気新聞 2004年11月24日