高騰するドイツの電力料金

副題・料金値上げで空洞化する「電力自由化」

熊谷 徹 

 冬になると、電気代がかさむので頭が痛い。11月の声を聞くと、石の壁から寒さがじわじわとしみ出して来るような感じがするので、旧式のガスストーブだけでは足りず、足元に電気式のラジエーターを置いて原稿を書く。熱を発生させる器具は電気を食うので、冬の終わりに郵便箱に届く電気代の請求書を見ると、ため息が出る。同じような経験をお持ちの読者の方もおられるのではないだろうか。

* 大手各社、一斉に料金値上げ

さてこの秋、ドイツの経済界では、電力料金が大きな論争の対象となった。その理由は、この国の電力業界の大手であるエオン、RWE、バッテンファルが来年1月1日から料金を引き上げる方針を発表したからである。この内ドイツの電力の40%を発電している業界第2位のRWE(本社・エッセン)は、年間1万キロワット時の電力を消費する、3人家族の世帯で、毎月料金が8ユーロから10ユーロ高くなるとしている。

大手3社は、料金引き上げの理由として、火力発電所の燃料である石炭価格の高騰と、送電線などを使用して電力を送るのにかかる費用(託送料金と呼ばれる)が高くなったことを挙げている。

* 原因は石炭価格の高騰?

電力会社の団体であるドイツ電事連(VDEW)によると、石炭価格は、中国やインドなどアジア諸国で需要が高まったために、去年6月からの一年間に、1トンあたり平均37ユーロ(約4995円)から60ユーロ(約8100円)に急上昇した。ドイツで生まれる電力の40%は石炭をエネルギー源としており、石炭は原子力に次ぐ重要な位置を占めている。

また、電力会社は、環境省が多額の補助金を出して振興している風力発電が、発電量に占める割合が増えたのに伴い、施設の変更などによって追加的コストが生じたため、託送料金を値上げせざるを得ないと主張する。バッテンファル社のクラウス・ラウシャー社長は、「風力発電のために、2004年にはコストが1億ユーロ(135億円)増える見通しだが、このコストを自社でカバーすることはもはや不可能だ」と述べている。

* 欧州でも割高な電気料金

 ドイツの電力料金は、欧州の多くの国に比べて割高である。VDEWによると、ドイツで1000人の従業員を持ち、1年間に4000時間電力を使用するメーカーの電力料金は、毎月5万8500ユーロ(約789万7500円)になるが、これは英国より35%、フランスより19%、オーストリアより37%も高い。

ドイツより電力料金が高くなるのは、ギリシャ、ベルギー、イタリア、ポルトガルの4カ国だけである。ドイツの電力料金が高い理由の一つは、環境税、再生可能エネルギー振興税、熱電併給型発電所(
KWK)・振興税といった、他の国にない特殊な税金が電力消費者に課されていることである。これらの税金は、ドイツの電力価格の約30%に達している。

* 不透明な託送料金体系

さらに、ドイツでは送電線を使って電力を送るための託送料金が、電力料金の40%を占めているが、この料金も他のEU加盟国に比べて30%高い。

1998年に電力市場が完全に自由化されたのに伴い、電力会社の地域独占が廃止され、顧客は自由に電力会社を選べるようになったが、ドイツの電力業界は、他のヨーロッパ諸国のように、託送料金をチェックする官庁の監視の下に置かれるのではなく、大口需要家や経営者の団体との自主的な合意に基づいて、託送料金体系の透明化と競争の促進を約束してきた。

しかし、送電業務については、大手の電力グループが大きな影響力を持っていたため、料金体系の透明化が進まなかった。1998年以降にドイツに誕生した約100社の新しい電力販売会社も、高い託送料金に妨害されて競争力を発揮することができず、現在は5社程度しか残っていない。

ドイツの個人需要家の内、この6年間に電力会社を変えた市民は、全体の5%にすぎない。少なくとも消費者の観点から言えば、自由化はかけ声だけに終わり、経済的な恩恵はほとんど生まれなかったことになる。

* 独も監視機関設置へ

ドイツ政府も、電力業界の自主規制に任せていたら、真の自由化が達成できないと判断した。連邦経済労働省は、来年1月1日から郵便・通信事業について監督業務にあたっている省庁に、電力・ガス料金特に託送料金の監視を行う部署を設置する。この監視機関は、託送料金の目安となるベンチマーク価格を設定し、その価格を上回る託送料金を使っている送電事業者だけを調査し、不当に高い託送料金を請求していたことがわかった場合には、経営者の責任を追及する予定だった。

だが、消費者団体や野党
CDU(キリスト教民主同盟)からは、託送料金を事後に調査するだけでは、送電事業者が制裁を受けるまでに時間がかかってしまい、効果が薄いとして、託送料金の事前認可を求める声が強まっていた。

* 初めて事前認可制導入

今年11月、連邦経済労働省のクレメント大臣は、消費者や野党の主張を受け入れて、送電事業者や電力会社が値上げを事前に申請した場合に限って、監視当局が託送料金を使用開始前にチェックできる制度を導入する方針を固めた。需要家の間からは、託送料金が当局の監視下に置かれて、送電事業者がコスト削減努力を強めた場合、ドイツの託送料金は今よりも10%低くなる可能性があるという声も出ている。

クレメント大臣が、託送料金の事前認可制度を部分的に認めた背景には、この夏以降、大手電力会社が次々に値上げを申請したことについて、国民の間で不満が高まったということがある。

* 製造業界の悲鳴

1998年の自由化直後、電力会社はマーケットシェアを確保するために、企業向けの電力料金を大幅に値下げしたが、業績が著しく悪化したために、2000年以降は電力価格を引き上げる傾向にある。たとえば需要家団体であるVIK(エネルギー需要家連合)の調査によると、2002年末から1年間にドイツの電力価格指数は、約23%も上昇している。

このため、アルミニウム製造企業や、化学メーカーなど電力を多く使用するドイツのメーカーは、生産コストの高騰に悩んでいる。エッセンのあるアルミニウム工場の経営者は、1994年から電力コストが70%上昇したと訴える。電力集約型産業では、66万人もの人々が働いているが、電力価格の上昇は雇用情勢にも悪影響を与えかねない。

* 需要家に自由化の利益を

日本同様に、ドイツでもエネルギー業界は、政治の論理がきわめて強く作用する、特殊な世界である。そのためか、この国では英国やスカンジナビアに比べて、競争が抑制され、EUが求める自由化が、骨抜きにされてきた印象を受ける。

現在の状況を放置していたら、法人税や社会保障費用に並んで、電力料金の高さも、産業立地としてのドイツの条件を悪化させる恐れがある。ドイツ政府は競争の促進に一段と力を入れ、市民や大口需要家が、電力市場自由化の恩恵を真に享受できるような環境を作るべきではないだろうか。

 

週刊 ドイツニュースダイジェスト 2004年12月3日