2000年10月31日  保険毎日新聞掲載

どこへ行く社民党

 

様々な党が乱立し、合従連衡を繰り返す日本の政界では、政策の違いによって政党の特徴を見極めるのが、以前に比べるとかなり難しくなった。特に自民党と野党の第一党である民主党の政策は、かなり似通っている。

ただしこれは日本だけの現象ではなく、程度の差こそあれ、ドイツでも同じようなことが起きている。この国では、98年9月以来、社会民主党と緑の党が連立政権を構成している。先日沖縄サミットにも出席したG・シュレ−ダ−首相は社民党の党首だが、今年に入って600億マルク(約3兆1200億円)という大型減税を実施しただけではなく、今年からの4年間に連邦予算を1600億マルク(約8兆3200億円)も削減することにしている。

その中で最も大きく削られるのが、連邦労働省、つまり年金や失業保険など社会保障を担当している部門である。社民党の伝統的な支持基盤である労働組合などからは「シュレ−ダ−政権は、企業の税負担を大幅に軽減する一方、年金の削減などによって、労働者や年金生活者など庶民の生活水準を下げようとしている」と批判の声が上がっている。

16年間続いた前のコ−ル政権が、98年の選挙で国民から追い落とされた理由の一つは、年金の削減など社会保障の大幅に見直しを試みたことだった。国民の中には、社民党を選べば年金の削減などは避けられるかもしれないという期待を抱いて、この党に票を投じた者もいたに違いない。

しかし、社会の高齢化と少子化が急速に進んでいるドイツでは、どの党が政権を担当しても、社会保障の見直しは避けて通ることができない問題となっている。このため、かつては労働者の味方だったリベラル勢力・社民党も、いざ政権に就いてみると、保守党と同じ政策を取っているわけだ。シュレ−ダ−首相は去年英国のブレア首相とともに「シュレ−ダ−・ブレア文書」と呼ばれる宣言を発表し、「今後は国家が市場メカニズムを邪魔しないような政治システムを築く」と述べ、政府の役割を削減して企業や個人のイニシャチブを尊重するために、民間部門への介入は最低限に抑えるという方針を明らかにしている。

つまり、国家が経済活動の枠組みを規定し、市民のために社会保障の安全ネットを張り巡らすドイツの伝統的な経済構造に、米国などアングロサクソン型経済の息吹きをもたらそうとしているのだ。社会保障の面でも、年金や健康保険に関しては国民にこれまで以上の自己負担が求められる。シュレ−ダ−はこの文書によって、19世紀以来の伝統的な社民党路線から訣別したということができる。

支持基盤の重点を労働者から、サラリ−マンや起業家に移そうとする社民党の新しい実験は果たして成功するだろうか。(熊谷 徹・ミュンヘン在住)