BND・連邦情報局とマスコミ

私は、日本が一刻も早くCIABNDのような、本格的な対外情報機関を持つべきだと考えているが、同時に、情報機関については、議会などが強力に監視することも重要だと信じている。議会が十分コントロールしないと、情報機関が暴走する危険があることを、浮き彫りにするようなスキャンダルが、ドイツで明らかになった。

ミュンヘン南部のプラッハにある連邦情報局(BND)が、1990年代から去年にかけて、新聞や週刊誌のジャーナリストについて、情報を集めたり、監視したりしていたことがわかったのである。さらにBNDが、ジャーナリストを一種の「密偵」にして、他の記者についての情報を収集していたことも明らかになった。

BNDは本来他の国の情報を集めるスパイ活動が任務であり、国内の記者についてスパイ活動を行うのは、全くのお門違いである。

BNDが脱線した理由は、記者に機密情報を漏らしている職員を調査したが、発見できなかったために、マスコミ界から情報を集めて「犯人」を見つけようとしたことである。

たとえば、1994年にミュンヘン空港で、プルトニウムを持ち込もうとした外国人が逮捕された事件があったが、この事件が、実はBNDが誘発した一種の「おとり捜査」だったことを、1995年にシュピーゲル誌がすっぱ抜いたことがある。このみごとなスクープは、BNDに強い衝撃を与えた。当時BNDは東西冷戦が終わって、重要なスパイ活動の対象だった共産圏が消滅し、その存在意義を問われていたため、核拡散やテロ対策などの新しい分野で活躍できるということを、世間にアピールする必要があった。そうした中で、シュピーゲルの特ダネは、BNDに対する信用性を、著しく損なうものだった。このためBNDは、この記事を書いたエース記者で、現在は南ドイツ新聞で働いているハンス・ライエンデッカー記者に対して、収入や、勤務先を変えた理由などを調べる情報収集活動を行っていた。

さらにBNDは、BNDに関する批判的な本を発表したり、詳しい暴露記事を書いたりする記者について、スパイ活動を行っていたことも明らかになっている。

事態を重く見た連邦首相府は、BNDに対してジャーナリストを監視したり、情報源としてスパイ活動を行ったりすることを禁止する指令を、5月中旬に出した。現在の時点では、マスコミ監視活動が、組織的なものではなく、情報を漏らした、部内の犯人探しにのめりこむ内に、一部のBND職員が暴走した結果と見られているが、いずれにしても報道の自由を制約しかねない、重大な越権行為である。

BNDは、秘密の情報収集や偽装工作なしには活動できないだけに、他の省庁には見えない「ブラックボックス」化する危険が大きい。議会はこのスキャンダルをきっかけに、情報機関に対して、しっかり手綱をひきしめるべきではないだろうか。

週刊 ドイツニュースダイジェスト 2006年5月26日