欧州議会の勝利・バロソの敗北

米国大統領選挙の陰に隠れて日本ではあまり注目されなかったが、10月27日にストラスブールで、欧州連合(EU)の将来をめぐる、重要な出来事があった。

欧州委員会のバロソ次期委員長が、欧州議会の議員たちの強い抵抗に屈して、新しい委員たちに関する信任投票を延期したのである。

直接の理由は、多くの議員たちが、司法担当委員に内定していたイタリアの元司法大臣や、競争政策、エネルギー政策を担当する委員を不適格と判断したことである。欧州憲法調印式の2日前に、
EUの内閣にあたる欧州委員会が、新しい委員を確定できないというのは、バロソ次期委員長にとって、手痛い敗北である。

EUの指導部に権力の空白状態を生んだこの出来事を、「EUの危機」と指摘する声もある。だが私は、バロソ氏の敗北と欧州委員会の混乱は、長い目で見ればEUに大きな利益をもたらすと考えている。

その理由は、各国市民に選ばれた欧州議会の議員たちが、内閣にあたる欧州委員会の人選について、
EUの歴史で初めて「ノー」と言ったことにある。

これまで、欧州委員の人選については、「市民の影響力が及ばず、民主主義が欠如したブラックボックスの中で行われている」という批判が出されていた。今日、ヨーロッパの政治と経済の中で、欧州委員会は、急速に比重を増している。各国の市民はあまり気がついていないが、特に経済に関する国内法の約40%は、欧州委員会の提案・指令に基づくものである。

このように欧州委員会の重要性が増しているにもかかわらず、大臣にあたる欧州委員の選定過程が不透明であることは、大きな問題だった。今回、欧州議会の議員たちが、次期委員候補者の政治思想、信条、経歴などを綿密に調べて、異議を唱えたことは、「三権分立」の原則が、
EUレベルでも機能し始めたことを示す、画期的な出来事である。

欧州委員会はこの挫折によって、委員選定のプロセスについて、より透明性を高めることを迫られるだろう。これまで市民にとってなじみが薄かった欧州議会は、バロソ氏に人選のやり直しを命じたことで、存在感と影響力を大幅に高め、
EUの民主主義的な性格を強める上で大きく貢献したと言える。

欧州議会の勝利は、
EUが「事実上の欧州国」へ向けて歩んでいく中で、重要な里程標として記憶されることになるに違いない。

熊谷 徹

週刊 ドイツニュースダイジェスト 2004年11月6日