メルケルとブッシュ

ドイツの歴代の首相の中には、国内政治よりも外交で業績を残す政治家が、ときおりいる。メルケル首相は、その典型になるかもしれない。この国の対米関係は、前任者のシュレーダー氏がイラク戦争に真っ向から反対したことで、第二次世界大戦後、最も険悪な状態に陥っていた。

だがメルケル首相は、米国政府との関係を急速に修復しつつある。7月中旬にメルケル氏がブッシュ大統領を、自分の選挙区であるメクレンブルク・フォアポンメルン州のシュトラールズンドに招き、グリルパーティーで歓談したことは、二人が個人的な信頼関係を深めようと努力していることの現われである。この状態が続けば、メルケル氏は近い将来、ブッシュのテキサス州の牧場に招かれるかもしれない。

メルケル首相は野党の党首だった頃、米国のイラク侵攻直前にワシントンを訪れて、シュレーダー氏とは対照的に、ブッシュ政権に対して、サダム打倒を支持する姿勢を示した。このことが功を奏して、首相になってからワシントンを訪れたメルケル氏は、ブッシュ政権から異例の手厚いもてなしを受けている。ブッシュ氏がシュレーダー氏に対して見せた冷ややかな対応とは、甚だしい違いである。

メルケル首相は、イスラエルのレバノン空爆についても、まずイスラエルの自衛権を前面に押し出して、ブッシュと共同歩調を取る姿勢を鮮明に打ち出した。

いささか「米国べったり」とも見えるメルケル氏の態度を、どう見るべきだろうか。まず「ドイツは米国との同盟関係を重視し、独り歩きはしない」という、かつてのコール政権と同じ路線を米国に対して示したことは、世界で唯一の超大国との対話のチャンネルを閉ざさないという意味で、評価できる。

だが重要なことは、米国を支援する姿勢を見せながらも、対テロ戦争やCO2削減問題など、米国の独り歩きが目立つ分野で、ブッシュ政権が他国と協調するように、影響を与えられるかどうかである。たとえばメルケル氏は、「米国がテロ容疑者を、正式な裁判にもかけずに無期限に拘束しているグアンタナモ収容所は、人権侵害であり、直ちに閉鎖するべきだ」と述べ、ブッシュ政権を批判している。またレバノン系ドイツ人のアル・マスリ氏がCIAに拉致された事件でも、メルケル氏はライス国務長官に耳の痛い発言を行っている。

相手が気分を害しても、「悪いことは悪い」とはっきり言うのは、ドイツ人の得意技である。日本人が驚くような率直さ、竹を割ったような気性は、ドイツ人の国民性である。メルケル首相は、ブッシュ氏と信頼関係を築き上げる一方で、大統領を面と向かって批判できる人物にもなってほしい。東ドイツで科学者だったメルケル氏ならば、外交の世界でも、そうした率直さ、冷静さを維持することが可能かもしれない。

 

週刊ニュースダイジェスト 2006年7月28日