日中・歴史対立の構図

中国は一体どこへ行こうとしているのか。

今年4月に、日本の歴史認識などに対する抗議デモの参加者が一部暴徒と化し、日本総領事館に投石を行ったり、日本料理店を破壊したりした事件を見て、そう思った。

理由が何であれ、ウイーン条約によって守られなければならない在外公館への攻撃を、中国政府が事実上容認したことは、驚くべきことである。

通常はこの種のデモが禁止されているのに、反日デモやインターネットでの抗議呼びかけは黙認されている点に、政府の意図を感じる。

欧米諸国は沈黙しているが、法治国家の出来事とは思えない今回の事件に、経済成長の陰にひそむ「チャイナ・リスク」を痛感する人は多いに違いない。

だが、日本の歴史認識についても、欧米からは批判的な意見が出ている。

ドイツでは、「日本政府が、戦争中の日本軍の行動を美化するような教科書の使用を許可し、小泉首相が靖国神社に参拝することによって、中国や韓国の神経を逆撫でしている」という見方が定着しつつある。

また韓国の大統領はドイツの新聞とのインタビューで、ナチスの過去と対決してきたドイツに比べると、日本の努力は不十分だと述べ、わが国を痛烈に批判した。

国際社会では、言われたら、言い返さなくてはならない。

日本政府はこうした指摘に対し、かつての村山首相の「謝罪談話」を繰り返すだけでなく、日独の歴史認識を比較することがなぜ難しいのかについて、はっきり反論しなくては、欧米は中国と韓国の言い分を受け入れるだけである。

私は、1989年にドイツ人の過去との対決について、ドイツとポーランドで3ヶ月取材して以来、この問題に取り組んできたが、われわれ日本人は多くの宿題をやり残していると言わざるを得ない。

過去との対決は、金銭的な賠償や謝罪の言葉だけではない。

他国の信頼を勝ち得るために、何にもまして重要なことは、歴史的事実を、たとえ自国の恥となることであっても、包み隠さずに、若い世代に教えていくことである。

ドイツでは多くの歴史教科書が、ナチスの時代に100ページ近くを割き、写真や具体的な証言を入れて、「人間が人間に対して、どれだけ狼となりうるか」を青少年に教える努力が行われている。

もちろんドイツにもネオナチや修正主義者など、懲りない人々はいるが、ナチスを糾弾する姿勢が社会の主流となっていることは確かだ。

日独を単純に比較できないとはいえ、敗戦から60年後の今年、ドイツが友好国に囲まれているのに対し、日本と中国・韓国との関係が険悪になっていることを、アジア人として悲しく思う。



週刊 ドイツニュースダイジェスト 2005年5月6日