欧州憲法・正念場はこれから

EU加盟国が、618日にブリュッセルで開いた首脳会議で、3年近い交渉の末に「欧州憲法」の内容について合意した。

地域統合が遅れているアジアから来ている私には、わずか60年前まで不倶戴天の敵だった国々が、一つの憲法、大統領と外務大臣を持つことは、壮大かつ有意義な実験に見える。

憲法制定は、戦乱に明け暮れてきた欧州が、過去2000年間で最も平和な時代を迎えたことの証しである。米国の
R・ケーガンが「Of Paradise and Power」の中で、いまだに戦争を続けざるを得ない米国に対比して、欧州を戦乱と無縁な「天国」と形容したのも、無理はない。この憲法が「人間の尊厳」について一章を設け、死刑、拷問、強制労働の禁止を強調している背景には、第二次世界大戦中でナチス・ドイツが行ったユダヤ人迫害や残虐行為についての反省が込められている。

ヘーゲルが言ったように人間が歴史から学ぶことができる唯一のことは、人間が歴史から何も学ばないということかもしれない。この悪しき傾向に抗して、欧州諸国が過去の苦い経験を未来への指針の中に反映させたことは、評価できる。

また、欧州の基本的価値の源として、キリスト教に言及しなかったことも、この地域に住むイスラム教徒や我々外国人を疎外しないための配慮が行われたことを示しており、好意的にとらえるべきだろう。

だが、多くの問題点も残っている。加盟国数が25に増えた今、理事会での議決を全会一致で行うのは不可能に近い。このため憲法には、理事会メンバーの55%以上の票と、賛成国の人口が
EUの65%を超えれば可決できるという原則が導入された。

独仏などの大国が、小国による議決の阻止を恐れて提案したものだが、このルールによって、
EUの機能不全を防ぐことができるかどうかは、未知数である。さらに、EU大統領と外相が、「欧州共通の外交政策」を打ち出せる、実権を伴う存在になるかどうか、疑問である。

イラク戦争をめぐって独仏と、イタリア、スペインなどが鋭く対立したことを考えると、大統領や外相が象徴的な役職に終わる危険は高い。また、欧州議会の低い投票率に現われている、「欧州人としてのアイデンティティーの欠如」という厄介な問題にも、この憲法が解答を出しているとは思えない。憲法を高く評価しているのは政財界の指導者や知識人に限られ、市民の関心は低い。

その意味で、欧州憲法が単なる官僚の汗の結晶ではなく、市民に身近で血の通った存在となるまでには、まだかなりの時間がかかるに違いない。


週刊 ドイツニュースダイジェスト 2004年7月2日