新型インフルエンザの謎
メキシコと米国を中心に感染者が増えている新型インフルエンザA―H1N1について、一部の市民の間では「弱毒性だ」として楽観論が出ているが、医療関係者の間では「脅威は去っていない」という見方が有力だ。
確かに、現在のところ60人が亡くなったメキシコでも死亡率は0・4%で、1918年に大流行したスペイン風邪の2・5%に遠く及ばない。一部の市民の間では「大半の感染者は快方に向かっている」として、新型インフルエンザについて楽観的な見方が出始めている。
しかし油断は禁物である。インフルエンザ・ウイルスは気温が上昇する夏には活動が鈍くなるが、秋から冬にかけて猛威をふるうからだ。第一次世界大戦後に世界中で流行したスペイン風邪は、2000万人から4000万人の命を奪ったが、当時も冬に多くの犠牲者が出た。
さらにインフルエンザ・ウイルスの特徴は、頻繁に変異することだ。現在は比較的毒性が弱いウイルスが、夏から秋にかけて変異して毒性を高める可能性もある。医療機関によって確認されている感染者は氷山の一角で、実際の感染者数はなかなか把握できない。
新型インフルエンザA―H1N1については、謎が多い。科学者たちは、鳥インフルエンザを引き起こすH5N1が、変異して人から人へ感染するようになり、世界的な大流行(パンデミック)を起こすと危惧していた。さらに人から人への感染は、鳥インフルエンザが多く見られる東南アジアで始まると予想されていた。
ところが今回のインフルエンザの根源は鳥ではなく豚であり、最初に感染が広がったのはメキシコという意外な地域だった。アジアでの感染者数は5月5日の時点で、韓国と香港の3人にすぎない。
なぜメキシコと北米で特に感染者が多く、死者が集中しているのかも解明されていない。まるで人間の意表をつくかのような、ウイルスの出現である。
新型インフルエンザの拡大が明らかになった時私は日本にいたのだが、日独の対応の違いも目についた。日本ではドイツよりも検疫体制が厳しい。メキシコと米国から到着した旅客機の乗客は、機内で健康状態に関する質問票を記入させられ、防護服に身を固めた検疫官によって検温装置で熱があるかどうか調べられる。
町では多くの市民がマスクをしている。病院では、通常の入り口と新型インフルエンザの疑いのある患者向けの入り口が区別されている。発熱患者の診察を拒否する医師も現れている。
5月3日に成田からミュンヘンに着いたら、健康状態に関する質問や検査は全くなかった。すでに国内で感染者が確認されているせいだろうか。新型インフルエンザについては謎が多いため、どちらの対応が正しいのかは容易に判断できない。
日本でも数日前に海外へ行っていない高校生ら25人の感染が確認された。残念ながら国内感染が始まっていたようである。
パニックを起こすべきではないが過度の楽観論を持つべきではないだろう。
筆者ホームページ http://www.tkumagai.de
週刊ニュースダイジェスト 2009年5月15日