ハルツIV違憲判決の波紋
2月9日、カールスルーエの連邦憲法裁判所は、ドイツの社会保障の歴史に残る判決を言い渡した。裁判官たちは、「2005年にシュレーダー政権(当時)が導入し、失業者のための給付金を大幅に削減したハルツIV制度は、憲法違反」と断定し、政府に対して今年末までに給付金の算定方法を改善するように命じたのである。失業者の家庭には朗報である。
ハンス・ユルゲン・パピーア裁判長は、判決の中で「給付金は、国民ひとりひとりが生活に必要とする額を満たさなくてはならない。国が必要最低限のニーズを満たすという義務を果たしていない場合、その制度は憲法に違反している」と指摘した。つまりハルツIVは、基本法第一条が保障する「人間の尊厳にふさわしい、最低限の生活を営む権利」を侵害し、社会保障の原則に反するというのだ。
ハルツIVによる毎月の給付金は、独身の成人の場合359ユーロ。2月9日の為替レート(1ユーロ=123円)で計算すると、約4万4200円。だが感覚的には3万6000円に近い。夫婦の場合は1人323ユーロにすぎない。失業者の子どもについては成人の給付金の60%から80%と定められている。
今回勝訴判決を得た3人の長期失業者たちの1人は、「子どもはどんどん育つので新しい洋服が必要になる。また文房具、本、学校の遠足の費用など教育に関する様々な出費があるのに、ハルツIVはこの点を考慮していない」と批判していた。
裁判官たちはこの訴えを認め、失業者の子どもに対する給付金について、「成人に対する給付金の60%から80%と一律に決めるだけでは、子どもの生活の現実を反映していない」と指摘した。パピーア裁判長は、判決の中で「政府は、市民が実際に必要とする支出に基づき、公正で客観的な方法で給付金の算定方法を決めるべきだ」と述べている。つまり役人たちが机上の計算で給付金を決めるのではなく、失業者たちの現実をもっと直視し、議会での審議も含めたわかりやすい形で給付金の算定基準を決めるべきだというのだ。
また裁判官たちはハルツIVの中に、給付金の手取り額を減らす様々な控除規定があることについても批判。慢性病に苦しむ失業者の医療費、夫と妻が離れた所に住んでいる場合の交通費などについて考慮するように政府に要求した。
この判決は、旧東ドイツに多い失業者たちや市民団体だけでなく、政府関係者や各政党から大きな注目を集めていた。特に長期失業者たちの間ではハルツIVへの不満が強く、左派政党リンケは制度の廃止を求めていた。
ただし今回の判決で裁判官たちは、「失業者への給付金を増やすべきだ」とはあえて主張していない。政府に対して、失業者の現実を反映した算定方法に切り替えるように求めているにすぎない。
だが子どもに対する給付金からも明らかなように、多くの失業者にとって将来の手取り額は増えるだろう。つまり政府の社会保障支出はさらに増大するものと見られる。ドイツの財政は2008年以来の不況のために火の車だが、この判決によって赤字がさらに拡大する可能性がある。メルケル政権が公約としてきた減税は、ハルツIV違憲判決に伴う臨時歳出のために、帳消しになるかもしれない。富裕層・中間層は失望するだろう。
ドイツでは日本と同じく富裕層と低所得層の間で所得格差が急激に拡大しているが、今回の判決はそのスピードを緩めるかもしれない。その意味で社会保障を重んじるドイツらしい判決である。
週刊ドイツ・ニュースダイジェスト 2010年2月19日号