投資家と勤労者のジレンマ
ドイツでは2006年2月にも、失業者の数が500万人を超えた。
すでに13年間も、失業率が10%を上回る状態が続いている。
株式市場は回復し、ドイツ企業の景気の先行きに関する見通しは改善しているにもかかわらず、路頭に迷う人の数は本格的に減らない。
毎月連邦労働庁が、失業者数を発表するたびに、政府は「労働市場は、改善しつつある」。野党側は「政府は早く対策を取れ」というコメントをそれぞれ発表するという「儀式」が繰り返される。
両者ともマスコミ用にコメントを出すだけで、抜本的な対策を取ろうとしない。
もう匙を投げてしまっているのだろうか。
シュレーダー政権が鳴り物入りで打ち出した、失業保険制度の改革案「ハルツIV」が施行されて1年以上になるが、失業者数は著しい改善を見せていない。
旧東ドイツ市民の、政府への不満を強め、左派政党を選挙で躍進させるという効果しかなかった。
今年2月、フォルクスワーゲン・グループ(VW)は、中核であるゴルフなどVWブランドの乗用車部門の利益が減ったことを理由に、従業員数を2万人減らすという方針を明らかにした。
白羽の矢が立ったのは、ヴォルフスブルクなど、旧西ドイツ側の6か所の工場である。
VW乗用車部門で働いている10万人の内、5分の1にあたる労働者の雇用が、脅かされている。
VWグループは全体で見ると、2005年度に売上高も事業利益も前年に比べて増えている。
アウディ部門が好調だったためである。
それでも人減らしが必要なのは、VWブランドの乗用車部門の労働コストが高すぎ、グループの利益を減らす危険が高まっているためだ。
この発表を受けて、フォルクスワーゲン社の株価は10%も上昇した。
GMの子会社であるオペルも、業績の悪化を理由に、従業員の数を9500人削減する。
ドイツ銀行は、業務利益を大幅に改善できたにもかかわらず、自己資本利益率を高めるために、行員の数を5200人減らす計画を発表している。
ニュルンベルクの家電メーカーAEGを所有しているスエーデンの会社も、ドイツの労働コストの高さに音を上げて、同市の工場を閉鎖してポーランドでの生産を増やす。
経営者たちのこうした行動の背景には、彼らの業績が株主やアナリストによって四半期ごとに監視されており、業績に黄信号が灯ると、直ちに株価が下落するという事情がある。
このため、経営者は雇用確保という社会的責任よりも、コストを削減するために人員整理を重視する傾向が強まっている。
投資家と勤労者の利害の対立は、ますます深刻化するばかりだ。
諸悪の根源は、ドイツの労働コストの高さである。
政治家が、この国の人件費を高くしている社会保障費を、本格的に引き下げる努力を行わなければ、産業の空洞化にますます拍車がかかり、失業問題は一向に解決しないだろう。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2006年3月10日