法王ベネディクトの試練

抜けるような青空の下、ローマ法王ベネディクト16世は、カトリック教会の総帥となって初めて、生まれ故郷バイエルンの土を踏んだ。ミュンヘンで25万人の信徒を前にミサを行った法王は、時おり感極まったような表情を見せた。ドイツの北部や東部とは違って、バイエルン州ではカトリック教会が大きな力を持っており、市民たちは彼を暖かく歓迎した。レーゲンスブルク大学で神学の教授も務めたベネディクト16世にとって、バイエルン訪問は、一種の凱旋でもある。郷土意識が強いこの土地の人々は、「バイエルン人が法王になって、本当に嬉しい。間近に法王を見て、一段と人間的な親しみが感じられた」と語っている。

だが、ベネディクト16世はドイツの状況について、決して手放しで喜んでいることはできない。2004年にドイツ・カトリック教会の信者の数は、前の年に比べて20万人も減っている。教会税や教義を理由に、カトリック教会を脱退した人の数は、2004年だけで、10万1000人にのぼる。さらに社会の高齢化と少子化も間接的に影響しており、死亡した信者の数が、洗礼を受けた子どもの数を、5万人も上回っている。カトリック教徒の数は、1990年からの14年間で、227万人も減っているのだ。

教会税の収入も毎年減っている上、財政難から閉鎖される教会や、コスト削減のために統合される教会も現われている。教会がレストランやバーに改造されるという、ちょっと信じ難い現象も起きている。

私の周辺にも、教会をやめた若者が何人もいる。彼らに理由を聞くと、「ドイツでは社会保険料や所得税が高い。教会を脱退すれば、洗礼などは受けられなくなるが、教会税は節約できる」という人や、「アフリカではエイズが蔓延して、人々が死亡しているのに、カトリック教会が避妊具の使用を禁止しているのは、理解できない」という答えが返ってくる。

もちろん、教会が介護施設や病院、幼稚園などの運営を通じて、社会的に多大な貢献を行っていることは無視できない。それでも、教会税や教義の問題について、若い人々が納得するような説明をしなければ、ドイツ市民の教会離れを食い止めることは難しいに違いない。

キリスト教徒の減少は、ドイツだけの問題ではない。1900年にはキリスト教は世界の人口の34・4%を占めていたが、現在では33%に減っている。これに対し、イスラム教徒の比率は、1900年の12%から20%に大きく増えているのだ。9月11日事件を境に、キリスト教世界とイスラム教世界の間の、「文化の衝突」はエスカレートする一方だ。ドイツでプロパンガスのボンベを使った手製爆弾で、列車の爆破テロを計画したレバノン人たちは、「ドイツの新聞がイスラム教の預言者の風刺画を掲載したことが、直接の動機だった」と供述している。深まる不信と憎しみの連鎖に、カトリック教会はどう歯止めをかけるというのか。ベネディクト16世が抱えた課題は、とてつもなく大きい。

 

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2006稔月23日 週刊ニュースダイジェスト