黒人男性殴打事件の波紋
6月に開かれるサッカー・ワールドカップ(W杯)を前に、ドイツ政府にとって都合の悪い事件が起きた。
復活祭の日曜日に、旧東ドイツ・ブランデンブルク州のポツダムで、エチオピア出身でドイツ国籍を持つ黒人男性が、ドイツ人に殴打されて頭蓋骨陥没の重傷を負い、危篤状態に陥ったのだ。
この男性はライプニッツ研究所で治水技術を研究している科学者で、ドイツ人の女性と結婚して2人の子どもを持つ。
ドイツ社会に溶け込み、知識水準も高い、ドイツ政府が帰化を奨励する外国人のモデルになれるような人物である。
ところが世界中の人々が注目するW杯の舞台で、よりによってそうした「模範的外国系ドイツ人」が襲われて重体となったのだ。
私が驚いたのは、通常は赤軍派のテロリストなど、国家の基盤を揺るがすような重要事件だけを捜査する、連邦検察庁が担当したことだ。
この事実に、ドイツ政府がW杯を意識して、この事件の早期解決をめざしていることが、はっきり表われている。
被害者が助けを求めて妻に携帯電話で連絡を取ろうとした際に、被害者の自宅の留守番電話に現場の音が録音された。
その中に黒人を罵る言葉が含まれていることから、連邦検事総長は「外国人差別を背景とする殺人未遂」という見方を強め、2人のドイツ人を逮捕した。
彼らは容疑を否認しているが、検察庁は「現場に残されたガラスの破片に付いた血液とDNAが一致した」として、追及している。
もっとも、犯行の状況はまだ完全に解明されていない。
被害者が酒に酔っていたとか、妻やバスの運転手とけんかをしていたという情報もあることなどから、CDU(キリスト教民主同盟)に属するブランデンブルク州首相や、連邦内務省のショイブレ大臣は、「外国人差別が背景かどうか、あわてて断定するべきではない」という慎重な見方を取っている。
そのことは理解できる。
だがショイブレ氏は、「金髪で目の色が青い人が、外国人の暴力の犠牲になることだってある。それも、今回の事件と同様にひどいことだ」と発言して、野党やマスコミから集中砲火を浴びた。
一市民が路上で殴られて危篤状態にある時に、国内の治安に関する最高責任者が、頭髪や目の色という人種主義的な匂いのする言葉を使って、凶行を相対化しようとしたのは、失言以外の何物でもない。
ショイブレ氏には、猛省を求めたい。
ただし、世界には危険な場所というものがある。
私自身は、朝4時にブランデンブルク州など旧東ドイツでは、絶対に公共交通機関には乗らない。
必ず自分の車かタクシーを使う。
そのことは、米国での生活で学んだ。
ニューヨークのブロンクスやハーレム、またはイタリアのナポリ駅前を、我々アジア人が朝4時に歩いていたら、襲われても仕方がない。
それが自分の命を自分で守るための、リスクマネジメントというものだ。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2006年5月5日