ドイツ人は休暇を犠牲にできるか?
読者の皆様は、楽しい夏休みを過ごされただろうか。ようやく、真っ黒に日焼けした顔が町に戻ってきた。まだ多くの人々の夏休み気分が覚めやらぬ8月中旬に、ペーア・シュタインブリュック財務大臣が、「ドイツ人は健康や介護、老後の備えにかかるコストのために、休暇を減らすべきだ」と発言した。「休みを減らしてもっと働け」という大臣の提言に対して、野党の政治家や市民からは強い反発の声があがった。イタリアでの夏休みから帰ってきたメルケル首相も、記者会見で「個人がどう生活時間を設計するかについて、政治家が口を挟むべきではありません」と述べて、大臣の発言を牽制した。
BDA(ドイツ経営者連合会)の調べによると、2004年の時点で、旧西ドイツの製造業界の有給休暇日数は30日で、ヨーロッパで最も長い。もちろんアメリカや日本に比べてはるかに長いことは、言うまでもない。30日の有給休暇を全て消化することができるのは、われわれ日本人の目から見ると、夢物語のようである。(むしろ休暇を全部取らせないと、組合から批判されかねないので、ドイツ企業では、上司が休暇をきちんと取るように部下に奨励する)。全員が休みを取るのでねたみは起きないし、休暇を取らないで滅私奉公しても、会社では全く評価されない。
ドイツが世界でも有数の休暇大国になった背景には、60年代から70年代の高度経済成長期に、労働組合が獲得した成果であり、すばらしいことだと思う。ドイツ人によると、上司に連絡先も渡さずに、まとめて3週間休める解放感は、相当なものらしい。
ちなみに旧西ドイツの年間所定労働時間は、1601時間で、日本の2013時間、アメリカの1920時間を大幅に下回っている。これだけ休暇日数が多く、労働時間が短いのに、OECD(経済協力開発機構)の2004年の統計によると、ドイツの国民一人当たりのGDP(国内総生産)は、2万8800ドルで、日本(2万9800ドル)をわずか3・4%下回るにすぎない。創造する価値があまり変わらないのならば、働く時間が短いにこしたことはないとドイツ人は考えている。これだけ短い労働時間で、アメリカ、日本に次いで世界第三位のGDPを誇っているのは、興味深い現象だ。
だが、長い休暇を称賛してばかりもいられない。いまや、公的年金保険、介護保険、公的健康保険などは大幅な赤字を抱えており、高齢化と少子化が進むにつれて、現在の制度が維持できないことは目に見えている。1960年代の社会保障支出は、GDPの21%だったが、現在では約30%に達している。働き蜂日本人の目から見ると、社会保障制度の破綻を防ぐために、30日の所定休暇日数を、25日に減らし、その分社会保険料を安くして、企業の国際競争力を強化してはどうかと言いたくなる。しかし、個人の生活を大事にするドイツ人にとっては、30日間の休暇は譲れない一線であり、いくら政治家が警鐘を鳴らしても、国民の賛成は得られないだろう。休暇削減を公約に掲げる政治家は、選挙で確実に落選させられるに違いない。
週刊ドイツ・ニュースダイジェスト 2006年9月2日
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