前倒し選挙とドイツの混乱
大方の予想通り、ドイツのケーラー大統領は、「連邦議会を解散し、9月18日に連邦議会選挙を一年前倒しして実施する」という決定を下した。
憲法に照らすと問題があるという法学者の指摘にもかかわらず、大統領が選挙実施に踏み切った背景には、これ以上政治の空白期を長引かせてはならないという、危機感がある。
今回の選挙は、ドイツの21世紀の針路を左右するほどの重要性をはらんでいる。
今この国は、高い労働コストによる大量失業、企業の国際競争力の低下、連邦・州・地方自治体の財政状況の悪化など、深刻な危機に直面している。
ドイツは、コール政権も含めて、この国の経済が着実に成長していた時代に、グローバル化と低成長時代に備えて、経済構造の改革を行うべきだった。
その宿題を怠ったツケが、今我々に押し寄せてきている。
そこでシュレーダー首相は、戦後最も大胆な社会保障改革に着手したのだが、その効果は一朝一夕には表われない。
失業者数は相変わらず450万人と500万人の間を行ったり来たりしているし、労働コストも下がらない。
しかも、人々は失業保険や年金保険にばっさりとメスを入れられて、生活水準の引き下げを迫られている。
経済立て直しのための具体策を持っているとも思えない、東独の旧政権党の後身PDSと、社民党からの流れ者O・ラフォンテーヌが合体した「左派連合」が、旧東独で30%、全国でも11%もの支持率を得ているのは、市民がシュレーダー氏の改革政策に「ノー」と言っている証に他ならない。
つまり、ドイツ人たちは、戦後西独政府が保証してきた、繭(まゆ)にくるむような「高福祉国家」の夢からさめたくないと、抵抗しているのだ。
何があっても、国家が手を差し伸べてくれる社会保障制度は、高度経済成長期でなくては、維持できないものなのに。
この態度は、フランスとオランダの市民が、「社会保障を重視しないEUはごめんだ」として、欧州憲法の批准を拒否したことと共通する。
先日バイエルン州で話をしたCSU(キリスト教社会同盟)の連邦議会議員が、「一部の市民の間で左傾化が強まっており、保守政党は苦戦するかもしれない」と語っていたように、次の選挙では「改革反対勢力」が勝利を収めることも考えられる。
保守派は大連立政権には否定的であるために、左派が躍進した場合には、ドイツの政局が再び袋小路に入り込む危険もある。
痛みを伴う改革を受け入れて、経済グローバル化に適応するのか。
それとも改革を拒否して、欧州経済の劣等生の座に甘んじ続けるのか。
ドイツ人は重要な選択を迫られている。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2005年7月29日