鳥インフルエンザの恐怖
日本にしばらく滞在すると、ニュースの切り口が、他の国々と随分ちがうことに気づく場合があるが、鳥インフルエンザ・ウイルスについてのニュースは、その典型例だった。
ドイツを初めとして、欧米諸国では、現在香港やベトナムで鳥類が感染している、H5N1型ウイルスが、変異によって人間から人間へ感染する可能性について、強い警鐘が鳴らされている。
WHO(世界保健機構)などでは、ウイルスの人間への感染が始まった場合、全世界の人口の5分の1が病気にかかり、少なくとも3000万人が入院を余儀なくされると推定している。
さらに、数百万人単位の死者が出るものと予想されている。
1918年に全世界で流行したスペイン風邪では、2000万人から4000万人の死者が出たが、この時にも鳥インフルエンザが変異して、人間に感染したのではないかという説がある。
今日では航空機による移動が日常化しているので、病気はまたたく間に地球全体に広がるだろう。
アジアではすでに、渡り鳥がこのウイルスに感染したことが確認されている。
死者数からわかるように、この病気は、SARSやエイズとは比べ物にならないほど、危険である。
ところが日本では、個々の養鶏場で鳥インフルエンザにかかった鶏が見つかったため、数千羽が処分されたという、事実が伝えられるだけで、このウイルスが人類全体にとっての脅威だという視点が、欠けている。
人々がパニックに陥らないようにという、「気配り」かもしれないが、市民にとっては事実だけでなく、問題の全体像を知ることも重要だと思う。
鳥インフルエンザの厄介な点は、ウイルスが急速に変異するために、人間への感染が始まらない限り、ワクチンの開発ができないことである。
したがって、今の時点ではこの地球規模の病気に対抗する手段はない。
だが、インフルエンザが流行し始めた場合、ワクチンを生産できる製薬会社の70%は、欧州に集中している。
病気が蔓延し始めると、各国はまず自国民にワクチンを投与しようとするだろう。
このため欧州から遠く、医療体制が整っていない、アフリカや東南アジアでは、犠牲者が増える恐れがある。スペイン風邪の時には、米国政府は製薬会社を一時的に国営化したほどである。
数百万人単位の死者が予想される事態では、国家エゴがむきだしになるに違いない。
国連は、スペイン風邪のような大惨事の再来を防ぐために、東南アジア、アフリカ、南米に、ワクチンが供給できる体制を、一刻も早く整備するべきではないだろうか。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2005年8月19日