大連立政権の危うさ

サッカー・ワールドカップ・ドイツ大会は、主催国ドイツにとって成功のうちに終わった。懸念されたテロや、極右による暴力事件も起こらず、クリンズマン監督に率いられたドイツチームは予想を上回る健闘ぶりを見せ、三位になった。ドイツには珍しく連日の好天に恵まれ、世界中から来たファンは大喜びだった。メルケル首相やケーラー大統領も、スタジアムで満足そうに選手たちに拍手を送っていた。

しかし、この国の舵取りを行う政治家たちは、喜んでばかりもいられない。多くの国民はW杯の終盤戦に熱狂していたために、あまり気に留めなかったようだが、7月に入ってからメルケル首相が率いる大連立政権内の空気は、険悪化しているのだ。

その理由は、公的健康保険の改革案について、CDUCSU(キリスト教民主・社会同盟)と、SPD(社会民主党)の間で、意見が真二つに分かれたことである。SPDは、新設される健康基金の中で、子どもの保険料については、増税によってまかなうべきだと主張していた。これに対しCDUCSU、特に州首相を努める党の重鎮たちは、増税に猛反対。メルケル氏は党からの圧力に屈して、「私の在任期間中には、子どもの保険料をまかなうための増税はしない」と公言した。このため、保険料率を0・5ポイント引き上げるという、新味に欠ける妥協策が採用された。意見を無視されたSPDは、烈火のごとく怒った。連邦議会でSPDの議員団を率いるシュトルック院内総務は、「このようなことは、二度と起きてはならない」と述べ、メルケル首相が約束を破ったとして強く批判した。他の議員からも、CDUCSUを非難する言葉が続出した。

私は去年秋の連邦議会選挙以来、「メルケル首相には、大連立という枠組みによって足かせがはめられており、その指導力はシュレーダーよりも弱い」と主張してきた。通常、首相には「指針決定権(Richtlinienkompetenz)」という権限が与えられており、閣内で大臣たちの意見が分かれた場合に、首相が最終的な決断を下すことができる。だが、選挙で過半数を取れなかったメルケル首相は、あらゆる問題についてSPDの了解を得なければならず、この「指針決定権」という伝家の宝刀を抜くことはできない。SPDは「首相がこの強権を発動したら、大連立を解消する」と言っているからだ。

今回の健保改革でメルケル首相は、この強権発動に近い決定を行い、SPDとの信頼関係に深い傷を与えた。新政権にとって最初の、しかもこれまでで最も重要な政策論争で、早くも両党の意見が対立し、非難の応酬が行われたことは、メルケル氏がいかに薄い氷の上を歩いているかを、浮き彫りにした。これからも我々は、似たような局面を何度も目撃するだろう。2009年まで、メルケル首相が限られた指導力というアキレス腱をどのように克服していくのか、注目される。

週刊ニュースダイジェスト 2006年7月21日