ハイジャック機撃墜は合法か?
米国のクリントン政権とブッシュ政権のテロ問題担当官だったリチャード・クラークが書いた「全ての敵に対して」という本がある。
この本によると、2001年9月11日にニューヨークとワシントンで同時多発テロが起きた直後、クラークはホワイトハウスの庭に出て、二機のF16戦闘機がワシントン上空で低空飛行しているのを見て、「CAP=Combat air patrol (臨戦空中警戒)だ!」と叫んだ。
当時まだ複数の旅客機がハイジャックされて首都に向かっているという未確認情報があったため、ブッシュ大統領は乗っ取られた旅客機を見つけ次第、撃墜すべしという命令を下していた。
4機目のハイジャック機は乗客の反乱によって無人の原野に墜落したため、大統領命令が実行に移されることはなかった。
2月15日にドイツの連邦憲法裁判所が、「多数の市民を乗せたまま、ハイジャックされた飛行機を、連邦軍が撃墜することは許されない」という判決を下したと聞いて、アメリカとドイツの間に横たわる、対テロ戦争についての認識の違いを強く感じた。
裁判官たちは、「たとえ大きな被害を防ぐことが目的でも、連邦軍の攻撃によって、たまたまハイジャック機に乗り合わせた旅客機の乗客の命を奪うことは、憲法に違反する」という結論を下した。
極めて常識的で人道的な見解だが、これはドイツがアル・カイダによる大規模テロを経験しておらず、現在も米国ほど大きな脅威にさらされていないから、可能な論理である。
しかし脅威はドイツにも存在する。
たとえばドイツの原子炉を収容している建物は、ジャンボジェット機が墜落した場合の衝撃には耐えられないことが、専門家の調査でわかっている。
アル・カイダが、将来このようなテロを行わないという保証はない。
ニューヨークの北数10キロの所には、インディアン・ポイントという老朽化した原子力発電所がある。
このため米国政府は、アル・カイダが同国の領空で旅客機を乗っ取った場合、ためらわずに撃墜する。
米国は9・11事件以来、臨戦態勢にあるのだ。
米国・国務省のある高官から、「ベルリンの連邦議会議事堂か、パリのエッフェル塔に旅客機が突っ込まない限り、ヨーロッパ人は、テロに対する我々の不安がいかに大きいかを理解しないでしょう」と聞いたことがある。
空港での警戒が強化されても、自爆攻撃の危険を完全になくすことは不可能だ。
今回の人道的な判決が悪用されて、テロリストがヨーロッパで旅客機を使う自爆攻撃を企てないことを祈りたい。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2006年2月24日