エスカレートする風刺画暴動
デンマークの新聞が去年9月に掲載した、イスラム教の預言者ムハンマドを風刺するイラストのために、イスラム教徒の抗議活動が世界的な規模で広がっている。
欧州諸国とイスラム世界の深刻な対決にまで発展しそうな様相を見せている。
イスラム教徒はキリスト教徒と異なり、神や預言者の図像化を嫌う。
それだけに、風刺画に対する信者の怒りは深い。
ベイルートのデンマーク総領事館が、暴徒に放火されて破壊されたほか、シリア、パレスチナ自治区などではノルウエーやドイツの在外公館まで、被害を受けている。
ソマリアやアフガニスタンでは、軍が暴徒に発砲して死者まで出た。
またイラン政府は、EU委員会の要請を無視して、デンマークの製品をボイコットするよう国民に呼びかけた。
同国のある新聞は「ホロコースト(ユダヤ人虐殺)」を風刺するイラストのコンテストを行うことを明らかにしており、事態は険悪化しつつある。
イラストを発表したデンマークの新聞社の関係者やイラストレーターは、イスラム過激派から殺害予告を受けているため、警察の保護下に置かれている。
9月11日事件やオランダでの映画監督殺人事件に見られるように、1990年代末からイスラム教徒は、一部の過激派を中心として、世界各地で欧米諸国に対するグローバルな抵抗運動を行っている。
そうした微妙な国際情勢を無視して、預言者を風刺したイラストを掲載する新聞は、軽率である。
もちろん表現や報道の自由は尊重されなくてはならないが、今あえてイスラム教徒を挑発する必要はなかったのではないか。
これでは、アル・カイダなどの過激勢力を喜ばせ、欧米との融和をめざすイスラム穏健派の立場を苦しくするだけである。
報道機関としては、繊細さを欠いていたと批判されてもやむを得ない。
さらにイスラム教徒の側も、イラストによって侮辱された怒りや不満を、平和的なデモや言論によって、欧州諸国にぶつける権利はあるが、欧州諸国の在外公館を破壊するなどの暴力的な手段をとったのは、大きな間違いである。
仮にキリストや仏陀がイラストで侮辱されても、直ちにイラストレーターに暴力をふるうことは、許されない。
IAEAがイランの核問題を国連安保理に付託することを決定し、過激な大統領に率いられるイラン政府が国際的に孤立を深めているが、この風刺画論争は、核問題への国際世論の注目をそらす効果があるので、同国にとっては好都合である。
今回の暴動は、イスラム教徒の不満がいかに高まっているかを示し、彼らの心理状態が一触即発の状態にあることを、浮き彫りにした。
欧米対イスラム世界の「文明の衝突」を象徴するような出来事だが、両者は一刻も早く事態を沈静化させる努力をするべきだろう。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2006年2月17日