W杯と愛国主義

ワールドカップが始まって以来、ドイツは国旗の海になった。車のアンテナや側面のガラス窓、オートバイの荷台、団地やホテルの窓、店のショーウインドウなど、至る所に黒・赤・金の旗がひるがえっている。

ミュンヘンなどサッカー競技場がある町の、地下鉄や駅のホームは、ドイツ国旗をマントのようにまとったり、国旗の色の帽子、首飾りを付けたりしたファンたちで、ごった返す。

この国に住んで16年目になるが、これほどドイツ市民たちが進んで国旗を掲げているのを見たのは、初めてである。一部の人は、「民族主義の復活か?」と目くじらを立てるかもしれないが、私は今のところ、それほど警戒する必要はないと思っている。

庶民たちは、戦争や領土争いをきっかけに国旗を掲げているのではなく、国際的なスポーツ大会でドイツチームを応援するために、旗を振っているのだから。

ドイツの政治家たちも、この旗の洪水を「健全な愛国主義の表れ」として評価する姿勢を見せている。ケーラー大統領は、「ドイツが普通の国になりつつある証拠であり、国旗への偏見がなくなることは、良いことではないか」と述べている。つまり、ドイツ人は純粋にW杯を祝うために旗を使っているだけであり、愛国主義や民族主義が高まるとは思えないというわけだ。

左派的な傾向が強く、国粋主義に最も強く反対する緑の党のキューナスト議員ですら、「人々が振るドイツの国旗は、外国からの訪問者に対し、ドイツがどんなに美しい国であるかを見せようという、主催国の態度の表われだ」と述べ、ドイツ全体を覆う旗の洪水を、前向きにとらえている。ただし彼女は、「この愛国的な雰囲気の前提は、ドイツがこれまでナチスの過去と対決してきたことだ」と付け加えることを忘れていない。

つまり過去60年間にわたり、ドイツが教育や戦犯の追及、賠償や謝罪などを通じ、ドイツ人の名の下に行われた犯罪について、批判的な取り組みを行ってきたからこそ、
W杯で愛国的な態度を見せても、他の国々から反発を受けないというわけである。

確かに、ドイツが過去との対決を怠って、周辺国と領土問題や歴史認識について、もめごとを抱えながら、
W杯で市民が国旗を振るのを見たら、周辺国は不気味に感じるに違いない。しかし今のドイツは、60年間の努力の結果、ヨーロッパの運命共同体の中に身を埋め、危険な独り歩きをしないという安心感を、周りの国々に与えているため、こうした心配とは無縁なのだ。

ミュンヘンの町を歩くと、ドイツ人だけでなく様々な国の若者たちが、自国の旗を身体に巻きつけて堂々と歩いている。しかし治安当局が警戒を強めているためか、幸い今のところ外国人に対する極右の暴力事件は、目立っていない。このお祭が無事に終われば、ドイツの対外的なイメージは、また少し良くなるに違いない。

週刊ニュースダイジェスト 2006年6月30日