欧州憲法と国民投票
今年6月にEU加盟国の首脳が合意にこぎつけた欧州憲法が、ドイツ政府にとって頭の痛い問題を投げかけている。
欧州憲法が効力を持つためには、全ての加盟国の議会が批准することが必要なのだが、英国とフランスという欧州の二つの大国が、議会での批准の前に、欧州憲法に関して国民投票を行う方針を発表したのである。
フランスのシラク大統領は、その理由について、「欧州憲法は今日のフランス国民ばかりでなく、未来の世代にも関わる重要な問題だから」と説明している。この決定は、シラク大統領にとってもリスクをはらんでいる。
もしも国民が欧州憲法を否決した場合、彼の政治的威信は大きく傷つくことになるからだ。そうしたリスクにもかかわらず、シラク氏が国民投票の実施を決断した背景には、国民に直接欧州憲法の是非について判断させることによって、ヨーロッパの政治統合の基盤となるこの文書に、正当性を与えるという思惑があるに違いない。これに対し、7月末の時点では、ドイツ政府は欧州憲法の是非について、有権者全員に判断を求めるつもりは全くない。
そもそもドイツには、国民の代表が出席している連邦議会での審議で十分であるという理由で、国民投票の伝統がない。たとえば、マルクを捨ててユーロを導入するという重要な問題についても、国民投票は行われなかった。(もしも行われていたら、ユーロは否決されていた可能性が高いと言われる)だが英・仏が欧州憲法について国民投票を行うのに、ドイツが行わないのは、ドイツ政府が国民を信頼していない証拠だという批判が、一部の知識人の間で出始めている。
実際ドイツでも、ヨーロッパの統合について、政財界の指導層と、庶民の意識の間には、天と地ほどの違いがある。有権者の間には、「欧州委員会には民主主義の原則が欠けている」として、ブリュッセルに強大な権限が集中することに不満を抱く声すらある。そう考えると、この国で国民投票を実施した場合に、有権者が欧州憲法を否決することによって、EUへの不満を表わす可能性もある。
国民がナチスという犯罪者集団を、選挙で合法的に政権につけた歴史を持つこの国では、政界の指導層が国民に一種の猜疑心を抱いているのかもしれない。だがドイツが過去と訣別し、欧州で運命共同体の一員としての座を堅固なものにした今日、「重要な政治的課題を、国民に判断させるべきだ」という要求が上がるのは当然である。
欧州憲法と国民投票をめぐる議論は、今後も重要な争点の一つとなるだろう。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2004年8月6日