ビデオ監視社会の到来?
北ドイツのローカル電車で、プロパンガスのボンベなどを使った爆弾が見つかったテロ未遂事件は、予想外の展開を見せた。捜査当局が駅で撮影された不審な人物2名のビデオ映像を公開したところ、ドイツとレバノンであっという間に容疑者が逮捕されたのである。取調べを受けている2人は、レバノン人の若者で、イスラム原理主義の過激思想を持っていると見られる。
今回の事件は、ロンドンやマドリードで発生したような、公共交通機関を狙った無差別テロの危険が、ドイツにも迫っていることを如実に示している。イスラエルのレバノン攻撃で、多数のレバノン人が死亡したのは事実だが、その報復として、ドイツで多数の市民を殺害しようと考えたのだろうか。だとすれば全くの本末転倒であり、その身勝手な理屈付けに、戦慄せざるを得ない。爆弾が、技術的なミスのために炸裂しなかったのは、不幸中の幸いであり、犯人の狙い通り爆発していたらと思うと、ぞっとする。
2001年の同時多発テロで、アル・カイダが世界中にまいたテロの思想の種は、多くの若者の心の中で、芽を吹いているのだ。
今回のスピード逮捕の裏には、ドイツの検察官が、レバノンのハリリ首相暗殺事件の捜査を担当するなどして、中東に築いた情報ネットワークがあった。同時に、空港や鉄道の駅などに配置されたビデオカメラが、犯罪捜査にとって有効であることも明らかになった。このため、ドイツ連邦政府のショイブレ内務大臣らは、ビデオカメラの設置数を増やすことや、様々な捜査機関や諜報機関が持っているテロリスト関連データをプールして、共通のデータバンクを作ることを提唱している。
リベラルな考え方を持つ市民からは、「SF映画に登場するような、市民全員がカメラで四六時中監視されている社会が到来するのは、ごめんだ」という声が出るだろう。ビデオカメラの数を増やせば、特定の市民の行動パターンを、記録することが可能になるが、データが悪用された場合、プライバシー侵害につながる。
そうしたリスクはあるものの、テロリスト予備軍は、社会に溶け込んでいるだけに、摘発は容易ではない。私はエルサレムの旧市街を歩いている時に、全ての路地の角にビデオカメラが設置されていることに気がついた。イスラエルの捜査機関は、ビデオ映像や携帯電話の通話内容、銀行からの預金の引き出し状況などをデータバンクに蓄積し、コンピューターで総合的に解析することによって、自爆テロの70%を未然に防いでいるといわれる。つまり無差別テロを防ぐ上では、ビデオカメラは重要な武器となるのだ。ドイツでも今後似たようなテロ事件が起こる可能性は、捨て切れない。
こう考えると、厳しい法律によってデータが悪用されることを防ぎ、市民のプライバシーを守りながら、空港や駅の監視体制を強化する必要があるのではないだろうか。
週刊ニュースダイジェスト 2006年9月8日
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