ビザ乱発問題とフィッシャー外相
ドイツで最も人気のある政治家の一人、ヨシュカ・フィッシャー外務大臣が、野党とマスコミの集中砲火を浴びている。
問題の発端は、2000年3月に外務省が、在外公館に対して発した、「ビザ申請者が帰国したいかどうかに多少疑問が残っても、ドイツを訪問したいと言う外国人には、観光ビザを発行するべし」という通達である。
この指令がきっかけとなって、ウクライナのキエフにあるドイツ大使館では、2000年にビザの発行数が前年に比べて40%も増えて21万件になったほか、その後3年間に発行されたビザの数が、あわせて86万件にのぼるというから、驚かされる。
しかもこのビザの垂れ流しは、犯罪者に悪用されていた。キエフのドイツ大使館が発行したビザの大半は、マフィアのような犯罪組織が、若い女性を西欧に送り込み、売春を強要するなどの目的に使用されたものと見られている。
ケルンでは、犯罪組織が、ホームレスの人々に金を渡して、ウクライナ人を招くことを証明する書類に署名させていた。ホームレスの人々にはふつう支払能力がないから、連帯保証人になることはできない。だが外務省の通達によって、ドイツ大使館が招待する人の支払能力などを調べなくなったために、ウクライナ人がホームレスのドイツ人からの招待状に基づいて、観光ビザを取得するという奇妙な事態が起きたのである。
また、ドイツのある保険ブローカーが販売していた、「外国人の帰国費用をカバーする保険」の証書を提出すれば、ビザを取得できるほど、審査がいい加減になっていた。
しかも他のEU諸国の警察が、ドイツ内務省に対して、犯罪者がキエフのドイツ大使館で発行されたビザを使って、合法的にシェンゲン域内に来ていることを通報し、内務省も外務省に繰り返し警告を発したが、ビザの乱発は3年間も止まらなかった。
外務省を率いるリベラルな緑の党の幹部たちは、「外国人のドイツ訪問をうながし、国際交流を深める」という美名のために、基準を緩めたのだろうか。その志は結構だが、内務省の警告にもかかわらず、直ちに審査手続きを厳しくせず、犯罪組織の西欧での暗躍を、間接的に容易にした外務省の責任は重い。
直接の責任は、通達の発布に関わった、緑の党出身のフォルマー外務次官にあるが、その上司だったフィッシャー氏も監督責任を問われるのはやむを得ない。
学生時代に警官をなぐったことが、数年前に明らかになった時、外相は巧みに批判をかわしたが、今回のスキャンダルは彼にとってはるかに重大な挑戦となるだろう。
週刊 ドイツニュースダイジェスト 2005年2月26日