高齢者に対する陰謀

 

私が住んでいるミュンヘンでは、地下鉄や街頭にお年寄りの姿が目立つ。この国では日本と同じように、社会の高齢化が急速に進んでいるのだ。

ドイツ連邦統計局の推計によると、60歳以上の市民が人口に占める比率は現在25%だが、2050年には37%に上昇する。出生率も1・29と低いので、現在8280万人である人口は、50年後には770万人も減る見通しである。

シュレーダー政権は、公的年金の給付水準を下げる改革を行った他、大幅な赤字に悩む介護保険についても、制度の変更が避けられないと見ている。


こうした中、社会の高齢化をテーマにした本が、ベストセラーとなっている。

保守系高級紙「フランクフルター・アルゲマイネ」紙の共同発行人(日本の新聞の論説委員よりもさらにランクが上)に名を連ね、この国の花形ジャーナリストの一人である、フランク・シルマッハー氏の「Das MethusalemKomplott」(高齢者に対する陰謀)」である。(シュピーゲル誌のベストセラー・リストでは、9月27日の時点でノンフィクション部門第2位)

著者は、社会の高齢化が進むとともに、高齢者に対する差別が強まると推測する。彼はドイツ社会を高速道路(アウトバーン)に喩え、「老朽化した車が、追い越し車線で道を譲らないと、後続車から追い立てられる。やがては、安全上の理由から、高速道路を走ることも禁止される」と主張する。

そして彼のトレードマークである挑発的な文体で、高齢者が肩身の狭い生活を強いられるだけではなく、「世代間の戦争」または「高齢者に対する人種差別」とも呼ぶべき事態に立ち至るという悲観的な予測を行っている。現在でもドイツの大手企業では、60歳以上の社員の比率は急速に減っている。

今年45歳になるシルマッハー氏は、現在働き盛りの世代に向けて、高齢者に対する差別をやめ、「老い」を肯定的にとらえる意識革命を行わないと、30年後に今度は自分たちが高齢者として、「社会の奴隷」として扱われるようになると警告している。もっとも著者は、人口政策、年金問題、介護保険などについて具体的な提案を行っているわけではない。

このため、「若年層と高齢者が対立する時代が来ることを、扇情的な言葉で指摘しているにすぎない」という批判も出ている。

だがトークショーに引っ張りだこの著者の言葉を聞いていると、提言を行うのではなく、若い世代が社会の高齢化を重大な問題として意識するように、「老い」についての議論を巻き起こすことが、この本の目的だったということが伺える。

著者 Frank Schirrmacher

出版社 Blessing

価格 16ユーロ

エコノミスト 2004年11月2日号 (海外出版事情)