2001年2月20日   保険毎日新聞掲載

エコノミ−はつらいよ

 

過去20年間で最もはげしく値段が下がった物の1つに、海外旅行のための航空券がある。

私が1980年に初めて日本からドイツへ飛んだ時の航空券は、エコノミ−クラスで40万円近かった。しかも当時は冷戦の最中でシベリア上空を飛ぶことが出来なかったため、シンガポ−ル、中東やインドを経由する南回りの「各駅停車」で20時間もかかった。今ではわずか11時間で着いてしまう上に、日本・ヨ−ロッパ間のエコノミ−クラスは10万円前後で買える。同じ航空券をドイツで買うと1000マルクだが、円高の時ならばこの値段はわずか5万円である。

だが困ったこともある。航空会社間の競争が激しくなるにつれて、各社とも飛行機にできるだけ多く乗客を乗せて、1回の飛行あたりの収益性を高めようとする傾向が見られるのだ。ここ数年間、日本に行く時に英国航空やルフトハンザに乗った時、以前に比べると前の座席との間隔が狭くなり、すし詰め(ドイツ語では缶の中に入れられたイワシ)のような状態になっているのに気づいた。

私は日本人の典型的な体型をしており、足が長くないのでそれほど窮屈ではないが、それでも身体をちょっとかがめると、前の座席の背もたれに頭がぶつかる。映画「ベンハ−」に出てきた、古代ロ−マ時代の奴隷船を連想してしまう。8頭身、9頭身の欧米人にとって、この座席で10時間を超えるフライトを耐えるのはかなり苦痛なのではないか。

それだけではない。最近では、この座席が健康に深刻な影響を与えることもわかっている。昨年10月、シドニ−からロンドンまでエコノミ−クラスで20時間飛んだE・クリストファ−センさん(28才)は、ロンドン到着後、預けた荷物が出てくるのをベルトコンベア−の前で待っている時に、意識不明に陥り、そのまま死亡した。南アフリカからロンドンまで17時間のフライトを終えたJ・マッケイさん(60才)も、ロンドン到着後、数時間経って亡くなった。俗に「エコノミ−クラス症候群」と呼ばれるこの病気は、長時間にわたり狭い座席にすわっていて足を動かさなかったために、足の血液が凝固し、血の固まりが血管を通って上半身に至り、肺の重要な血管などを塞いでしまう一種の血栓症である。

この病気になった人は、過去50年間で数100人というから、むしろ稀なケ−スというべきだが、お年寄りだけでなくスポ−ツ選手など、頑健な若者の間でも報告されている。オ−ストラリアでは、この病気で健康を害した人たちが「航空会社がエコノミ−クラス症候群について十分警告しなかったため、血栓症になった」として、航空会社に対する集団訴訟を準備している。

あまり神経質になる必要はないが、長時間飛行機に乗る時には、多少周りの人の迷惑になっても、なるべく通路へ出て、足を動かすようにした方がいいようである。身体のためには貧乏ゆすりもどんどんするべきかな?(熊谷 徹・ミュンヘン在住)(イラストも筆者)