ポストバンク株式上場のドイツ金融市場への波紋
6月23日、ITバブル崩壊で低調だったドイツの株式市場に、久々の朗報が届いた。
郵便貯金事業を行っているポストバンクが、上場したのである。同行の親会社であるドイッチェ・ポストは、ポストバンクの株式約5500万株の放出と、機関投資家向けの転換社債の発行によって、25億7000万ユーロ(約3341億円)の資金を手にする。この国では、過去4年間で最大規模の上場である。
* 低い不良債権リスク
1150万人の顧客を持つポストバンクは、1320億ユーロ(17兆1600億円)の預金残高を持ち、個人顧客を対象とする銀行としては最大の規模を誇る。
最大の強みは、全国9000ヵ所の郵便局に設けられた支店網の多さである。庶民にとって身近なイメージを利用して、2001年以来、毎年平均40万人ずつ預金者の数を増やしてきたほか、オンライン・バンキングやテレフォン・バンキングを利用する客も増加している。
ドイツでは2000年以降、企業の貸し倒れリスクの増加によって、大手都市銀行で不良債権が発生し、業績を急激に悪化させたが、ポストバンクは顧客の大半が企業ではなく、一般市民であるため、不良債権が膨張する危険が少ないということを、セールスポイントにしてきた。
*上昇するROE
実際、ポストバンクは2003年に、4億9700万ユーロ(646億1000万円)の税引き前利益を計上している。自己資本利益率(ROE)は10・7%とまだそれほど高くないが、着実に上昇する傾向にある。
親会社ドイッチェ・ポストのK・ツムヴィンケル社長は、「ポストバンクは2003年に素晴らしい業績を挙げ、株式上場に必要な体力を十分蓄えた」として同社のパフォーマンスの傑出ぶりを強調。
またポストバンクのW・フォン・シンメルマン頭取も、「今日の経済状況を考えると、ポストバンクが個人顧客に特化しているために、貸し倒れリスクが少ないという点を、投資家は高く評価するだろう」と述べ、小口取引が多いことの利点を、資本市場に向けて積極的にアピールするとともに、ROEを15%に引き上げる方針を明らかにした。
* 個人顧客に特化
ポストバンクは、個人顧客をターゲットとするドイツで唯一の銀行である。欧州では、英国のロイヤル・バンク・オブ・スコットランドなど、個人顧客に特化した銀行ではROEが平均16・1%となっており、株式の時価と簿価の比率は、平均1・76になっている。
これはドイツ大手都市銀行のROEや時価・簿価比率を大幅に上回るものである。(ドイツで最大手のドイツ銀行でさえ、ROEは13・2%、時価・簿価比率は1・4にとどまっている。)ポストバンクが欧州のリテール専門銀行と互角の地位に立つことができれば、この国で最高のROEを達成し、投資家から注目を集める可能性がある。
株式市場関係者の間にも、ポストバンクは市民に馴染み深い存在であるため、今回の上場が、ITバブル崩壊で火傷をして、「株はこりごり」と思っている多くの個人投資家が、株式投資に再び関心を強めるきっかけになってほしいという期待がある。
* 価格を下げて上場に成功
だがポストバンク上場までには、紆余曲折もあった。たとえば、親会社ドイッチェ・ポストのK・ツムヴィンケル社長は、当初極めて強気の姿勢を示し、今年二月に「ポストバンクには60億ユーロの価値がある」と宣言し、6月7日から株式一口の価格を最低31・5ユーロ、最高36・5ユーロの間に定めて、投資家を募集した。
だが、多くの投資家がこの価格は高すぎると判断し、ポストバンクの派手な宣伝にもかかわらず、証券会社や銀行の注文表は、なかなか埋まらなかった。このためドイッチェ・ポストは、株式の放出予定日の直前になって、きゅうきょ上場期日を2日遅らせ、価格を10%下げることによって、ようやく十分な数の投資家を集めることができた。(最終的な放出価格は、28・5ユーロと、当初の目標を大幅に下回った。)
当初「マーケットには価格を決めさせない」と豪語していたツムヴィンケル社長も、マーケットの圧力には抗することができず、上場直前には「市場の言うことは常に正しい」と発言を訂正した。
* ドイツ銀行が買収を検討
また今年5月上旬には、「最大手の都市銀行であるドイツ銀行が、ポストバンクの株式を100%買収することを検討している」というニュースが流れた。企業顧客を重視し、個人顧客には弱いドイツ銀行にとって、ポストバンクを傘下に入れることは、戦略的に利益が大きいため、長年期待されてきた銀行界の再編につながるという観測が浮上したのである。
ところが、5月13日にドイツ銀行のJ・アッカーマン頭取が、ドイッチェ・ポストの社長に電話で買収の意志がないことを伝え、この合併話は明るみに出てからわずか1週間でご破算になった。ドイツ銀行が買収をあきらめた理由は公表されていないが、ドイツ銀行とドイッチェ・ポストの間で、ポストバンクの評価額をめぐって意見が分かれたのではないかという噂も流れている。
* 幹事銀行への批判
この国の金融市場、株式市場では、ドイツ銀行が取った態度について、強い批判が湧き起こった。その理由は、ドイツ銀行がポストバンクの株式上場の実務を取り仕切る、19行の銀行団の中で、共同幹事行の一つだったことである。幹事銀行は、第三者に知りえないポストバンクに関する内部情報を入手できる可能性がある。
その幹事行が、ポストバンクの株を買い占める可能性を示唆したかと思うと、掌を返すように買収の意志がないことを表明したことで、一般の投資家の中には「ポストバンクには、なにか公表されていない問題があるために、ドイツ銀行が買収を見合わせたのではないか」という憶測が広がる恐れもある。
ポストバンクのフォン・シンメルマン頭取は、「ドイツ銀行による買収をめぐる議論は、わが行にとって全く無益だった」と述べ、ドイツ銀行の優柔不断な態度に対して、強い不満を表明するとともに、「この騒ぎによって、投資家のポストバンクへの評価が下がるとは思えない」として、資本市場に安心情報を送ることに必死だった。
* 再編遅れる独の銀行市場
英国やフランスに比べて、ドイツでは銀行市場の再編・効率化が大幅に遅れている。フランクフルトに天を衝くような超高層ビルを持つドイツの大銀行も、外国と比べると、軽量級選手である。
2002年秋の時点でドイツ銀行の株式時価総額は、英国のHSBCの25%、スコットランド王立銀行の42%にすぎなかった。ドイツのコメルツバンクに至っては、HSBCの3%にすぎない。
その最大の理由はマーケットが細分化されていることだ。ドイツ国内の企業と個人向け銀行市場では、日本の信用金庫に似た貯蓄金庫(Sparkasse)が40・9%のマーケット・シェア、農業系銀行が20・6%のシェアを持っているのに対し、大手都市銀行のシェアは11・3%と極めて低くなっている。
支店の数が多いために、経費率も高く、自己資本利益率が低いことが、ドイツの銀行を外国勢力に買収をためらわせるという、皮肉な状況になっている。
* 首相も市場再編を要求
ドイツ政府のシュレーダー首相は、この国の大手銀行の利益率が低く、グローバル・プレーヤーが育っていないことに強い不満を抱いており、ことあるごとに銀行の合従連衡によって、規模の大きな銀行を生むべきだと訴えている。
その意味で、ポストバンクが今後業績を伸ばし、自己資本利益率を改善した場合、この国でのリテール業務の拡大をめざす国内外の銀行が、ポストバンクに触手を伸ばす可能性もある。
このためドイツでは、今後も銀行の買収合併をめぐり、我々を驚かせるようなニュースが次々に飛び出してくるに違いない。
セールス手帖社保険FPS研究所 ベストプランナー 2004年8月号