拷問は許されるか

 ドイツで昨年ある学生が、フランクフルトの富豪の子息を誘拐した事件は、この国の警察の歴史に残る特異な問題を投げかけた。

警察は容疑者を逮捕できたものの、被害者を発見することができなかった。捜査陣は、現場に残った血の痕などから、被害者が危害を加えられており、一刻も早く救出しなくては死亡するという強い危惧を持った。だが度重なる尋問にもかかわらず、犯人は被害者の居所について頑として口を割らず、嘘の場所を教えて警察を撹乱するなど、ふてぶてしい態度を見せていた。

この時、フランクフルト警察の幹部が、「容疑者に拷問を加えると脅すことによって、自供を引き出せ」と部下に命じたのである。捜査員は、実際には拷問を加えなかったものの、「これから肉体に苦痛を加える尋問の専門家がやってくる」と脅したところ、犯人は全面自供した。犯人が逮捕された時点で、すでに被害者は殺害されていたことがわかったが、この脅しが犯人の態度を変えたのは事実だ。この警察幹部は、拷問するという脅しがドイツでは違法であることを熟知していたが、人命を救うためにはやむを得なかったとして、自分の違法行為を直ちに検察庁に報告している。

1分1秒を争う極限状況とはいえ、被疑者に対する拷問という重大な人権違反を行うことは、許されるのだろうか。ドイツの世論は大きく割れており、結論は出ていない。

米国でも同時多発テロ以降、「逮捕されたテロリストから情報を引き出し、数千人の市民が殺されるようなテロを防ぐためには、拷問はやむを得ない」という意見が現われ始めている。実際、「ワシントン・ポスト」紙によると、米国の
CIAは逮捕したアル・カイダの構成員を、中東や中央アジアの情報機関に預けて、尋問を依頼しているが、その際に拷問が行われることもあると伝えている。CIAもそのことは知っているが、アル・カイダ壊滅と将来のテロを防ぐという大義名分の前に、テロリストが拷問されることについては、見て見ぬふりをしているというわけだ。

これらの容疑者は敵の戦闘員として扱われ、尋問は国外で行われるため、米国の法律が適用されず、弁護士すら与えられない。テロ撲滅のためとはいえ、法治国家アメリカが、自ら法律をかいくぐり人権侵害を行うとしたら、「対テロ戦争」への支持は先細りになるのではないだろうか。


週刊 ドイツニュースダイジェスト 2003年5月10日号掲載