2000年2月3日   保険毎日新聞掲載

 

墜ちた偶像

 

ヘルム−ト・コ−ルと言えば、ドイツ統一を達成した首相として日本でも知られている。野党や周辺諸国の懸念を押し切って、千載一遇のチャンスを的確につかんだコ−ルは、ベルリンの壁崩壊から一年も経たない内に、ドイツの分断に終止符を打ち、戦後初めて国家主権を完全に回復することに成功した。この偉業によって、彼の名前は現代史の中で揺るがぬ地位を占め、アデナウア−やブラントらとともにドイツで最も有名な政治家になった。

だが、その名声に暗い影が忍び寄りつつある。コ−ルが党首だったキリスト教民主同盟(CDU)に対する献金疑惑で、彼が首相在任中に政治資金の報告義務を怠り、党の収支報告書に現われない「秘密口座」を持っていたことがわかったのである。彼は11月末この事実を公にするとともに、政党資金法に違反していた可能性を認めた。

この問題は、検察当局の脱税事件に関する捜査の中から浮かび上がった。CDUの税理士と会計責任者が、8年前にスイスの商店街の駐車場で、ドイツ人の武器商人から現金100万マルク(約5200万円)の入ったカバンを受け取っていたことがわかり、検察庁はこの現金が税務申告されていない疑いがあるとして調べていた。現金はCDUに流れている疑いが強まったが、現在の党執行部が資金の流れを示す書類を見つけることができなかったため、闇口座の存在が明らかになったのである。

さらにこの武器商人は、ドイツの装甲車のサウジアラビアへの輸出許可が出るように、政府関係者に働きかけていたこともわかっており、現金授受と輸出許可の関係についても、注目が集まっている。コ−ルは苦渋の表情で臨んだ記者会見で、口座は政治活動のための物であり、私腹を肥やしたことはないと断言した。

だが問題の武器商人は、第三者から現金をCDU関係者に渡すよう頼まれたと述べているが、その人物が誰だったかについては、証言を拒んでいる。コ−ルは法律違反を承知の上で、なぜ口座の存在を党に報告しなかったのか。疑惑は日一日と深まるばかりである。現在の党執行部は「前政権が行ったことに我々は責任はない」とコ−ルを突き放すような発言をしており、献金疑惑の拡大によって党全体のイメ−ジに傷がつくことを恐れているようだ。

その意味で、コ−ルにとって、統一宰相として喝采を浴びていれば良かった栄光の時代は過ぎ、己れの過去について釈明をしなくてはならない時がやって来た。田中角栄しかり、金丸信しかり。権力とカネの間に切っても切れない関係があるのは、洋の東西を問わないようである。(熊谷 徹・ミュンヘン在住)