ドイツ大企業・労働時間延長へ

 私が住んでいるドイツは、労働コストが世界で最も高い国の一つである。

ケルンのドイツ経済研究所が2002年に行った調査によると、ドイツの製造業の労働コストは、先進工業国の間で、ノルウェーに次いで二番目に高く、米国を15%、日本を25%も上回っている。

また労使間の協定で決められた所定労働時間も、先進国の間で最も短い。

旧西ドイツの所定労働時間は、週35・7時間で、米国の40時間を大幅に下回る。所定労働時間が短いということは、仕事が多い時には残業時間が増えることを意味するために、残業代を支払う経営者にとっては、これまた労働コスト増の原因となる。

だが、経営者泣かせのこうした状況にも、転機が訪れそうな気配である。

今年7月23日にドイツの大手自動車メーカー、ダイムラー・クライスラー社と全金属産業労働組合が達した合意は、労働時間延長と人件費削減へ向けて労使が協調姿勢を取り始めたことを、はっきり示している。

まず研究開発部門などで働くエンジニアたちの所定労働時間は、週40時間に延長されるほか、サービス部門の従業員についても、週39時間に引き上げられる。

さらに、2007年から全社員の給与の額を2・79%減らすことによって、1億8000万ユーロ(約243億円)の人件費を削減する。

従業員だけの給料を減らすのは不公平なので、取締役は報酬の10%カットを受け入れたほか、3000人の管理職も一律減給される。

ダイムラー・クライスラー社は、これらの措置によって毎年5億ユーロ(約675億円)の人件費を節約することができるが、その見返りとして、16万人の社員に対して、2012年までは雇用を保証することを発表した。

ダイムラー・クライスラー社の従業員が、労働時間延長と減給を受け入れた背景には、経営者側が生産施設などの国外に移すことを防ぐという狙いがある。

今年5月にチェコやポーランド、ハンガリーなど、中欧・東欧の国々が
EU(欧州連合)に加盟したが、これらの国では、ドイツに比べると労働コストがはるかに低く、所定労働時間も長い。

このため、ドイツ企業の間では、工場だけでなく庶務や経理部門などのバックオフィスまで中欧に移して、コストを節約しようという動きが目立ち始めている。

ダイムラー・クライスラー社をめぐって組合側が経営側の要求を受け入れた背景には、コストを減らす努力をしなくては、ドイツ国内での職場が失われるという、社員たちの危機感があるのだ。

大手電機メーカー・シーメンスでも、今年6月、ドイツ北部の2か所の工場で従業員たちが、経営側が工場をハンガリーに移転させないことを条件に、所定労働時間を週35・7時間から40時間に引き上げることに同意した。

今後もドイツでは、経営側が工場の国外移転をちらつかせながら、社員に労働時間の延長を迫るケースが増えそうだ。(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2004年10月6日