イスラエル紀行・4  死海のほとりにて

テルアビブから南西へ車で走り、エルサレムを過ぎると、急に樹木が少なくなり、岩と砂だけの荒涼とした風景が広がる。

時折、遊牧民族ベドウィンのテントや、掘っ立て小屋のような住居がある。

らくだを連れたベドウィンが、通り過ぎる車を見つめている。

ヨルダン国境の手前を南に折れると、車は荒野の中の一本道を突き進む。

右手には、ベージュ色の険しい岩山、左にはエメラルドのような色をした死海が目に入ってくる。

海抜マイナス400メートルの地点にある死海は、世界で最も低い場所にある湖で、湖底から湧き出るミネラルと強い塩分のために、一部の微生物を除くと、魚などは全く住んでいない。

死海の塩の濃度は33%だが、これは地中海の10倍にあたる。

岸辺には乾燥した塩分で、白い帯ができている。

旧約聖書に現われる、神の怒りに触れて破壊されたソドムとゴモラの町が、湖底に沈んでいるという言い伝えもある。

意を決して、死の海に足を踏み入れた。

な、なんだ、この異様な感触は。

寒天に身体を浸したかのように、身体がぷるんと水から弾き出される。

足が自然に浮かんでしまうので、立っているのに一苦労するのだ。

腹を上に向けて浮かぶのは、簡単である。

昭和30年代に、日本の少年雑誌で、「世界の7不思議」の一つとして、死海が紹介されており、人々が水に浮かんで新聞を読んでいる挿絵を見たことがあるが、正にそのままの光景である。

バランスを崩して、顔が水についたり、水しぶきが目に入ったりしたら、厄介である。

目が焼けるように痛むので、すぐに岸辺の水道で塩分を洗い流さなくてはならない。

身体に傷がある場合にも、まるで唐辛子をもみこむようになるので、水に入るべきではない。

死海の水底は、土や砂ではなく、白い塩の結晶が積もっている。

水浴する人が日陰で休むことができるように、木の足場が水中に組まれているが、その柱にも、岩塩のような大きな塩の塊がこびりついていた。

死海の塩水は、アトピー性皮膚炎など、皮膚病を和らげる効果があると言われる。

このため沿岸のオアシス、エイン・ゲディなどには、沢山ホテルが立ち並んでいる。

死海の泥が肌を美しくすると信じている人も多く、岸辺で体中に泥を塗りたくって、泥団子のようになっている女性もいた。

イスラエルのある化粧品メーカーは、死海の近くに工場を建て、この泥の成分を含んだクリームや、浴用剤に使う塩の結晶を生産している。

数年前から死海の水位が下がっているので、紅海や地中海から水をひいて、この湖が干上がってしまうのを防ぐ計画もある。

奇妙な浮遊感覚を将来も味わうことができるように、死海の保護に努めて欲しいものだ。

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2005年10月