デナー・ケバブの香り
私が住んでいるミュンヘンのアパートの近くを歩くと、羊の焼肉の香りがする。
同じ通りに、トルコ人が経営するデナー・ケバブの食堂があるのだ。
デナーとはトルコ語で「回転する」、ケバブとは「焼肉」のこと。
金属の棒に、味付けした羊の肉が何層にも巻きつけられて、丸太のようになっている。
この棒を電熱器の前でゆっくりと回転させると、表面がこんがりと焼き上がる。
これを大きなナイフで削ぎ落として、ご飯やトマトやたまねぎなどの生野菜と一緒にお皿に盛ったり、ピタと呼ばれる中東風のパンの中に入れたりして食べるのだ。
パンにはさむ時にも、どっさり生野菜を入れて、マヨネーズソースや唐辛子の粉をかけて食べる。ほとんどのデナー・ケバブには羊の肉が使われるが、ドイツには牛肉を使ったものもある。
生野菜を入れるのは、ドイツ風であり、トルコではこのようなことはしないそうだ。
デナー・ケバブは、1960年代のトルコですでに見られた。
ドイツではトルコ人の一大コミュニティーがある、西ベルリンのクロイツベルク地区を中心に、1970年代から全国に広まった。
今では、カレーの粉がかかったソーセージや、マクドナルドのハンバーガーとともに、庶民の間で最も人気があるファーストフードである。パンにはさんだデナー・ケバブは、かなりボリュームがあるが、3ユーロ(約470円)くらいで食べられるので、最も経済的な食事だ。
こうした店では、5ユーロも出すと、食べきれないくらいの量になってしまう。
1998年には、実に15億ユーロ(約2370億円)ものデナー・ケバブが売れたという。
一日の生産量は、200トンから300トンにのぼっている。
私は店の前を通って、肉の塊が回転しているのを見るたびに、エルサレムのアラブ人街で食べたケバブを思い出す(アラビア語ではシャヴァルマというそうだ)。
バザールのように混沌とした、東エルサレムの片隅の食堂。エルサレムを歩き回って、足が棒のようになっていた私は、ピタにはさんだ羊の焼肉と野菜を、むしゃむしゃと食べた。
店にいた客は、私以外全員イスラム教徒である。みなテレビから流れる、アラブ版CNNであるアルジャジーラの放送に聞き入っていた。
肉を削ぎ落とす大きなナイフが、中東の太陽光線を反射してギラリと光り、今も私の脳裏に残っている。
こうした食べ物がファーストフードとして定着するところが、多くの移民を抱える多文化社会・ドイツらしい。
(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹)筆者ホームページ http://www.tkumagai.de