EU拡大とドイツ

 ヨーロッパの歴史が、我々日本人の想像を上回る速さで進んでいることを示すのが、5月1日に実現したEU(欧州連合)の東方拡大だった。

かつては共産圏に属していたポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキア、スロベニア、エストニア、リトアニア、ラトビアが、
EUへの正式加盟を果たしたことは、第二次世界大戦と、東西冷戦による欧州の分断に、本当の意味で終止符が打たれたことを意味する。

ソ連などのくびきのもとに置かれていたこれらの国々は、ようやく「ヨーロッパへの帰還」を果たしたのである。

特にポーランド、チェコ、ハンガリーは、西欧諸国なかでもドイツにとっては重要な貿易上のパートナーであるため、これらの国々がEUに加盟することで、経済交流が一段と深まることは間違いない。

このことは、双方にとって、大きな利益をもたらすだろう。さらに、今回新たにEUに加盟した国々は、財政赤字やインフレ率、公共債務を低下させることによって、欧州通貨同盟にも加盟することをめざすだろう。

ドルや円に対する為替レートも安定し、金融市場で一定の信用性を確保しつつあるユーロの通用範囲が、中欧、東欧にも広がっていく可能性は、日に日に高まっている。

ただし、これらの国々と国境を接しているドイツでは、国民の間でEU拡大を冷ややかな目で見つめる人々が増えている。

有力紙「フランクフルター・アルゲマイネ」紙がアレンスバッハ研究所とともに行った世論調査によると、今年4月の時点で、回答したドイツ人の58%が、EU拡大がもたらす不利益について心配しており、EU拡大が利益をもたらすという明るい希望を抱いている人は、わずか17%にすぎないことがわかった。

また回答者のじつに65%が、「EU拡大はチャンスよりも、危険を多く伴っている」と悲観的な見方をしている。

また、「中欧や東欧の国々がEUに正式に加盟することで、ドイツで失業者が増える」と回答した人の割合は、去年8月には57%だったが、今年4月には64%に増えている。逆に「ドイツ経済に利益をもたらす」と答えた人の割合は、24%から15%に下がっている。

ドイツ人がEUの東方拡大という歴史的な出来事について、すなおに喜ぶことができない最大の原因は、この国で景気が停滞し、社会保障の削減などによって、将来について楽観的な見通しを持てない市民が増えていることである。ドイツではここ数年、内需が停滞しており、毎年4万件の企業や商店が倒産している。

企業は相変わらず税金や社会保険料の高さに苦しんでおり、隣国のチェコやポーランドがEUに加盟すれば、生産施設をドイツから移転させて、製造コストを下げようとする企業が増えることは間違いないと見られている。ドイツで日常生活を送っている私には、EU拡大がもたらす利益がある程度目に見える形を取るまで、ドイツ市民の悲観論を、拭い去るのは難しいような気がする。

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

2004年5月22日 保険毎日新聞