一つの憲法を持ったEU

今年6月18日に、欧州連合(EU)加盟国の首脳たちは、世界史に残る決定を行った。

EUに属する25ヶ国は、共通の憲法を制定することで合意したのである。

欧州2000年の歴史の中で、これだけの数の国々が、一つの憲法を持つまでに、強い協調関係を持ったのは初めてのことである。

EUが「基本憲章」を提案することによって、憲法制定の作業に入ってから、加盟国が内容について合意するまでに、4年もの歳月がかかった。

その理由は、憲法を持つかどうかの是非ではなく、
EUが25もの加盟国を持った時に、迅速に意思決定をできるようにするための、機構改革の細部について、大国と小国の間で意見が分かれたことである。

たとえば
EUの重要な意志決定期間である理事会で議決をする時には、これまでは全会一致が原則だった。

ところが、加盟国が25になったら、全会一致で物事を決めるのは難しくなる。

そこで、多数決の原則が導入されることになったが、大国が持つ1票と、小国が持つ1票では、「票の重み」が異なる。

小国の票の方が、大国の票よりも代表する人口の数は少なくなる。

このためドイツやフランスなどの要望で、理事会での議決は、加盟国の55%が賛成するだけでなく、賛成票が
EUの人口の最低65%を代表しなくてはならないという規則が導入された。

そのかわり、小国が欧州議会に派遣する議員数を増やせるように、ドイツなどの大国は、議員数を若干減らすことに同意した。

(それでも、欧州議会の議員数は、750人という大変な数になる)。

また
EUは、新しく大統領と外務大臣という職務を持つことになった。

安全保障をめぐる問題などで、米国や日本が個々の国と交渉するのではなく、25カ国を代表する特定の人物と交渉できるようにするためである。

新しいポストの設置によって、
EUはこれまで以上に「事実上のヨーロッパ国家」としての性格を強めることになる。

もっとも、
EU加盟諸国もまだヨーロッパという概念には慣れていない。

イラク戦争の時に、戦争に反対するドイツ・フランスと、米国を支援するスペイン・イタリアなどの間で足並みが乱れ、
EUとしてまとまった政策を取ることができなかったのは、記憶に新しい。

憲法を持ったとしても、自国の権益にかかわる部分では、国家エゴがむきだしになるのが、ヨーロッパの特徴でもある。

欧州諸国にとっては、
EU全体の利益と、自国の利益の間で、バランスを、どのようにして取っていくかが極めて重要な課題となっていくだろう。

それにしても、アジアで日本・中国・韓国・シンガポールが国境検査をなくし、同じ通貨を持ち、ひとつの憲法を持つような事態は、ちょっと想像もできない。

アジアから来ている私には、欧州の壮大な実験がまぶしく見えることも事実だ。

(熊谷 徹 ミュンヘン在住)


保険毎日新聞 2004年8月10日