神戸・洋館紀行

私はNHKの記者だった頃に神戸で5年間暮らしていたのだが、恥ずかしいことに、いわゆる「異人館街」という所に一度も行ったことがなかった。

異人館ブームの引き金になったのは、
NHKが放映した朝の連続テレビドラマ「風見鶏」である。

また放送局そのものも、中山手通に面しており、異人館街から目と鼻の先にあったにもかかわらず、私が一度も行くことができなかった理由は、警察・司法担当記者として、朝から晩まで殺人事件や汚職事件などの取材に追われていたことである。

というわけで、先日神戸を訪れた際に、初めて中央区北野町に広がる異人館街へ行ってみたが、お土産物屋さんが立ち並び、まるで清水寺の門前のように観光地化しているのに、驚いた。

ドイツの貿易商ゴットフリート・トーマスの家だった「風見鶏の館」の中は、観光客が右往左往している上に、案内係がマイクを使った大音響で親切に説明をしてくれているために、騒然とした雰囲気である。

それでも、明治42年に建てられた二階建ての洋館は、重厚な造りであり、ドイツにある100年前の家屋をほうふつとさせる。

外観はヨーロッパ風だが、木を使った部分が多いのが、日本で建てられた家らしい。

米国総領事のハンター・シャープが住んでいた「萌黄の館」は、クリーム色がかった明るい緑色の壁や内装が美しい。

神戸の洋館に共通しているのは、家の二階の南側に、大きなベランダが設けられていることだ。

萌黄の館では、幾何学模様をあしらった窓のある、大きなサンルームが二階に残っている。

今ではビルが神戸の中心部を埋め尽くしているために、海がほとんど見えなくなっているが、今から約100年前にこれらの洋館が建てられた頃には、ベランダから瀬戸内海を見下ろすことができたに違いない。

欧米の貿易商や外交官たちがシャンペングラスを片手に、海を眺めていた様子を想像するには、目を閉じて周囲の喧騒をシャットアウトする以外に方法がない。

神戸で洋館が見られるのは、異人館街に限らない。

たとえば神戸市西部の垂水(たるみ)区にある舞子ホテルは、大正8年に海運会社の社長が持っていた別荘を改築したもので、入り口は立派な車寄せやステンドグラスのある英国風の洋館である。

大理石の暖炉を持つ待合室も天井が高く、いかにも大正時代らしいハイカラな気分を演出している。

建物の背後に回ると、純日本風の和室と庭園になっており、前面の洋館との間にアンバランスな雰囲気が出ているところも、和洋折衷が多い日本らしい。

また、1980年代に国道2号線沿いにあった、旧垂水警察署も、ステンドグラスを持った洋館を庁舎として使っていた。

古くからの港町として、西洋の情緒を感じさせる旧跡が残っているところも、神戸が気に入っている理由の一つである。(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)


保険毎日新聞 2004年8月23日