ドイツ版・必殺取立人
静かな、ドイツの住宅街。
夕食後に夫婦と子どもたちが、一家団欒(だんらん)のひと時を楽しんでいる。
「ピンポーン」。突然ドアの呼び鈴が鳴る。
ドアを開けると、上から下まで黒ずくめの衣装に身を固めた、3人の屈強な男たちが立っている。
一人は、頭の毛を完全に剃り落として、あごひげを伸ばし、兵隊のようなコンバット・ブーツを履いており、犯罪映画に出てくる、ギャングの手下か、ネオナチの暴漢にそっくりだ。
「何の御用でしょうか?」家人が恐る恐る尋ねると、3人の内、比較的物腰が柔らかそうな男が答える。
「借金をいつご返済頂けるかについて、ご主人とお話をしたいのですが」。
その内、夫が出てきて「こんな遅い時間に家にまで訪ねてくるとは、けしからん」と言って、ドアを手荒に閉める。
すると、3人の男たちは窓のすきまから、家の中の様子をじっと伺う。
根負けした債務者は、ようやく外に出てきて、3人の取立人との話に応じる。
男たちは、格好は物凄いが、話し方はソフトだ。
「来月の初めには何とかしますから」この一言を聞いて、黒ずくめの男たちは、闇の中に消えていく。
彼らは、借金の取立てを専門に行う、「モスクワ・インカッソ」というドイツ企業の社員たちである。
モスクワという名前を社名につけてロシア・マフィアのような雰囲気を出したり、ギャングのような格好をしたりしているのは、債務者に、あたかも犯罪組織と関係があるかのような、威圧的な印象を与えるためであろう。
こうした職業が注目を浴びている背景には、この国で企業倒産や個人破産によって、債務者が支払い不能になるケースが増えているという事情がある。
連邦統計庁の調べによると、2004年には3万9000社あまりの企業が倒産して支払い不能に陥った。
また個人の破産は、前の年に比べて46%も増えて、4万9123件と戦後最悪の数字を記録した。
特に個人破産が増えているのは、失業などによって住宅ローンを返せなくなったり、クレジットカードによって、収入を上回る過度の消費をしたりする人が、増えているからである。
ドイツでは、日本のように機械に運転免許証などを提示すれば、お金が借りられるようなシステムはないし、消費者金融も日本ほど発達していない。
また、ドイツ人はあまり身なりを気にしないので、日本人ほど、洋服やバッグに金をかけないし、ブランド商品の買い物に精を出さない。
それでも個人破産が急激に増えている背景には、この国の成長率が去年以来ほぼゼロに近い水準になっているということがある。
労働コストが高いために、企業の国際競争力は低く、工場を中東欧へ移転させたり、外国企業に買収されたりする会社が後を絶たないのだ。
「自分の仕事は来年もあるのか」。
こうした不安を抱きながら生活している人は、多い。
残念ながら当分の間は、黒ずくめの取立人たちが、夜の住宅街を闊歩(かっぽ)する日々が続きそうだ。
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)保険毎日新聞 2005年12月